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デザイナー・アーティスト問題

作ることは、目的じゃなくて手段でしょ?|fuuri.net
http://fuuri.net/?p=133


私がWeb屋をやっているのは、誰かの役に立ちたいから。
誰かの望みを叶えたいから。
誰かのために何かを作ることに喜びを感じているのです。
そこに「自分の作品を作りたい」という気持ちはまったくありません。
私が作るものは「私のもの」ではなく「誰かのもの」になります。
それがうれしいのです。
誰かが、私の作ったものを喜んでくれるから、私はこの仕事をずっと続けているのです。

住さんたちの話を聞いて、「何かを作り出したい」とか
「自分の作品を世に出したい」とか思っている人が他人のためにWebを作ることって、
きっとものすごく辛いことなんだろうなあと思ってしまいました。


だって、自分の思い通りに作れないじゃないですか。
「自分の思い」と「誰かの要望」を天秤にかけて作っていくって、
きっととてもきついだろうなあと思うのです。
私のものづくりのエネルギーの源泉は「誰かの要望」のみなので、
天秤にかけるものがないから、その点は楽だよなあと。


この辺の話は、前にもコメントで指摘されましたが、

なんでダメなデザインが売れるんだ???? - teruyastarはかく語りき
http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20080305/1204728441#c1210136022


今はふうりさんと同じ気持ちです。



自分のこだわりや、技術で自己表現に偏るとチームとしては動けなく
徹底して自分を殺してサポートにまわった現在のほうが、
逆説的ですが、細部のところで自己表現ができてしまっています。



自己表現の成功で自分が褒められるのと、
相手を助けて、感謝されるのは
どちらも自分を認めてもらう本能みたいな物だと思うんですね。
それがたとえ、お金をたくさんもらうことだとしても。


これにはどれが正解だということはないと思いますが、
よほど名の売れた人でない限り、アーティストとしてじゃなく
デザイナーとして仕事を求められるでしょう。


それはデザイナーに徹しても自己承認欲求は得られるし、
細部の面ではどうしても自己表現としてのクオリティを発揮せざるを得ないと思います。


指摘を受けた住さんですが、
仕事としてのデザインと、
趣味としてのエゴを通すバランスが、
自分の引き出しや限界を広げるという補足エントリーをあげてます。

手を動かすのが好きだ | 住 太陽のブログ
http://www.motoharusumi.com/jobs/motivation/i_am_a_player.html


とはいえもちろん、クライアントに喜んでもらって、ギャラがもらえる、
というのは、無上の喜びの一つです。
しかし、その喜びだけでは「画期的な何か」は作りにくいですよね。


例えばネット上の画期的なサービスというのは
だいたい、クライアントのために作られた物ではなく、
自分たちの作り手としての欲求に基づいて作られていると、
僕などは思ってしまうわけです。Googleしかり、はてなしかり。


手を動かすのが好きで、動かし続けた結果、そういうものができる。
そして、ファンを魅了する。


僕が言いたかったのは、クライアントのために手を動かすのもいい
(これをやらないと飯が食えない)し、
それはそれで大きな喜び(ギャラももらえるし)なんだけれども、
その一方で、自分のために手を動かすというのもやっておいたほうが、
きっと作り手としての楽しい人生があるんだろうな、ってことです。


これもWebの授業でいわれたことですが、
仕事として自分を殺すことと
趣味として、エゴを全開にすることと、
確かにこの両輪があってこそ、人生面白いかもしれません。



今の僕自身は、わりと仕事一辺倒で
エゴはブログでくっちゃべってるぐらいですがw
その生活バランスを見直して、
大きくエゴを出す領域をプライベートの時間で作ることを
ちょっと考えようかなと思いました。



、、、と、そこでまとめてもいいのですが、
コメントにもうひとつ面白い意見がありました。

褒めるも褒められるもお金も関係ない!!

ちなみに私の妹は、全く逆で
ディレクターからコーダーに転向しました。


彼女にとっては、自力でサイトの売り上げが上がることより
ソースが美しいことの方が重要なんだそうで


コメント by quu


これは結構衝撃でした。


自分のために生きるか、配偶者のために生きるかを話してたところに
その間にできた子供が、子供らしくあるがままでいられるようにするのが大事みたいなw



クライアントや仲間との間に生み出したのが、作品であれ、商品であれ、
それにも情報や使いかってや、感情がこめられたような
命に相当するものがあると思うのですね。


で、クライアントからの要求ではとてもお客さんの笑顔が思い浮かばなかったり、
かといってこちらの代案が通るような状況になく迷ってしまうとき、
そういう、にっちもさっちもいかなくなったプロジェクトでは
コストでも、自己表現でも、誰かのこだわりやメンツでもなく、
商売抜きで本来その子供がどうあるべきか?


という原点を考える方が、わりと煮詰まったブレイクスルーになるかもしれませんね。



いや、ほんとうまくいってないプロジェクトって、
肝心の子供ほったらかして親だけでケンカしたり悩んでること多いよ^^;