ネットは人の頭を悪くする

# 12岡田さんがチャッターさんの質問に大盤振る舞いで答えてくれます。あなたも次回は参加してみては?(岡田斗司夫のひとり夜話)
http://gyaostream.search.livedoor.com/search/?q=%89%AA%93c

無料で見れるGyao動画。
25分ぐらいからの話題。


いわく、

昔は教育目的でTVが作られた。


これでみんなものすごい知識量で頭が良くなるぞと思われたが、
お茶の間で見られるのは明石家さんまの番組。



ネットを見てもみんながみんな悪くなるという訳じゃない。
1000人が常用で使ってたら、その大多数が悪くなると言う仮説。
中にはネットを使いこなして天才が生まれたり、
ビジネスをする人もいるだろう。



昔は、質問があってそれをひたすら悩んで、
1週間や、1ヶ月考えるのはざらだった。
それを自分の意見として考えて出力する。


ネットだと、すぐ答え合わせができてしまう。
多数派とおおまかに正しい意見が分かってしまう。
自分と似た意見とそのまとめが先にわかってしまう。
その中で、自分をポジショニングした意見を出す。
これは思考トレーニングとして最低。


そしていつまでたっても、
世代間論争や、同じ事の繰り返しで頭が良くなることはない。


(だいたいこんな感じだったはず。詳しくは動画の方で)


昔似た話を聞いたことがある。

梅田望夫と、羽生善治の対談。


web kikaku
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u100.html


「ITとインターネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きています」


定石を学ぶ場も、実践する場としてもネット将棋で高速道路化されている。
そこまで一気に走ってきても、そこからなかなか抜け出せない。



似た話に見えても、この2つは意味合いが違いますね。
少なくとも高速道路の渋滞まではたどり着けている。
これだと、答え合わせの上でポジショニングするのが
必ずしも思考トレーニングにならないとは限らない。



ドラゴン桜の何巻だったか忘れましたが、
「自分で考えるというのは、何も考えてないのと一緒だ」
という台詞がありました。


ドラゴン桜 (15) (モーニングKC (1548))
ドラゴン桜 (15) (モーニングKC (1548))三田 紀房

おすすめ平均
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stars我が校の生徒はそれほどバカじゃない!

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先人達が築き上げ、今も残ってる「型」にはそれだけの価値がある。
まずはそれを覚えて物にしてから、オリジナルへ発展させる。
0から1ではなく、
10から、11へ。
(これも適当意訳)




そう考えると、決して他人の意見を借りたポジショニングトークが
頭を良くしないとは思いません。
(というか、今こうやって権威?をもちだしてのまさにポジショニングトークなんだがw)



確かに自分のブログは、本やら偉い人の記事やら、
そこにツッこんだり、借りたりして
10の次の11、(謙遜して10.1)とかばかりですが
さすがに2年もコピーしてると、
なんとなく共通パターンというか型みたいなものは見えてきます。



物の成り立ちから、学校、社会、宗教、科学、宇宙観まで。
似たような仕組みにも思えてきます。



こういうのは、ブログや本を大量にコピーして出力しなければ
なかなか見えなかったであろう、
書いてまとめずに自分で思ってるだけでは、
どこかに発表する場が、
そして会話する場がなければ偉い人の話を聞いても読んでも
そうやって深く掘り下げてプラス1することもなかった。



言い訳かw



考える本題。

ネットに使われてないか?

今の僕は、TVも見ず、ゲームもやらなくなって、
ネットについやす時間が膨大になりました。


Google検索はいろんな事教えてくれるし、
はてなブックマークとブログで、無駄な議論してるのが楽しいし、
RSSにはいつも楽しい情報が入ってくるし、
さすがにニコニコ動画を見る時間はないのですが、
時間があれば、ニコニコランキングまでチェックしてたかもしれません。



正確に計ったことはないですが、細切れで考えると
1日5時間以上はついやしてるんじゃないでしょうか。。。
5時間といったらものすごい時間。



仮にこの5時間を、何か大きな積み重ねに使ったらそれなりの物ができちゃうでしょう。
前に、仕事が忙しくてメールのチェックもできないような月がありましたが、
別にRSSをチェックしなくても、メールをチェックしなくても、
ブログを書かなくても、なんてことはなく、
むしろその月は膨大な仕事をやりきって、
ネット見るより充実してた気もします。



1日5時間は、「ネットに振り回されてる」と確実に言えるでしょう。




TVをだらだら見続けるのと、
ネットをだらだら見続けて反応するのとは、
(ブログ出力するだけましとはいえ)
本当の充実とは違うかもしれません。




、、このまま進むと、、、「じゃあ、人生の目的とは?」、、、
なんて訳の分からない話になりそうですね^^;



自分でもうまく考えがまとまってないのですが、
今は明らかに受け身としてネットを見てて、
面白いところに反応して、ブログを書くとかそれぐらいですが、
それより、ずっと面白くワクワクすることのためにネットを使い、
「それなりに面白いネットを遮断する」ぐらいの
思い切りが、もっと面白いことをするために必要なんじゃないかと。。



例えば、後1年で死ぬとしたら、まだそこそこ面白いぐらいのネットを
受け身で見るのか?と。



熱意や自分探しでそう思うんじゃなくて、
子供の頃見てた「仮面ライダー」を自然と飽きて卒業して、
もっと面白いワクワクを見つけ出したように、、


捨てたらワクワクするのか、、
ワクワクするから、捨てられるのか、、、