楽しい働き方と、苦しい働き方。

とあるの高校野球の話。

いい先生 - 横浜逍遙亭
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20080718/p1


彼らにとってのもっとも大きな変化は指導者が替わったことだ。夏の大会終了をもってこれまで教えていたアマチュア指導歴が長い団塊世代のベテラン監督が退き、大学を出て間のない体育教師が生徒たちを教え始めたのだ。



昨日、新しい先生の指導2日目を終えた息子が部活を終えていつものように遅い時間に帰ってきて開口一番、「きつー!」、そして「楽しい! 練習がこんなに楽しいの初めて!」と目を輝かせるではないか。いったい何が起こったのだろうと驚いた。



今までは根性、根性の、時間が長ければいいというタイプの、昔ながらの野球部の練習だった。生徒たちは必ずしもその意味を理解しておらず、精神的・肉体的な疲れを吐露することが多かった。練習試合を見ていて、失敗をしたらどなって交代させてしまうやり方に正直なところ考え方の古さを感じていた。



春から部長としてチームを見てきた新しい先生は、指導初日に部としての目標を生徒たちに言い渡したという。秋季大会ではここまで、春はここまで、そして来年の夏はここまでを目指す。少しずつ、しかし到達点を明らかにして、成功体験を積み重ねていこうという考え方である。


現実社会でも、自分の限界を超えるプロジェクトはものすごいきついんだけど
これが案外楽しくて、やりきったときの達成感は格別。
自分の限界の99%内でやるプロジェクトは、苦しくきついわりに達成感が少なく
疲労がどんどん積み重なっていく。


その上、成長しないわ結果もでないわでさらにきつい。



この、自分の限界を少し超える目標を設定するのが肝で、
マクロでいえば、それは個人の問題。
しかし、チームや組織となるとトップの問題だったりする。



組織でこういう的確な目標を設定するのが難しい理由はたくさんある。


「今の組織の能力内で、プロジェクトを決めないとできるわけがない」
「できるかできないかわからないものに挑戦するリスクはおかしたくない」
「今までやってきたやり方で、さらに長時間働くほうが何よりも確実」
「部下がやる気がない」
「自分が部下を引っ張っていけない」
「誰か一人ががんばりすぎると、がんばった分確実に周りにしわよせがいく。仕事は一人で完結する物じゃないから」



要は、業績の目標と、
個人の成長の一番しっくりくる落としどころを設定すること。



管理職からしてみれば、
「何で俺が、おまえらの成長とかまで面倒見ないといけないんだ!!
 自分で勝手にやれ!! でも仕事中にかってなことするな!!!」
ってなもんだろう。



もちろん、業績達成には
「限界内の能力で、長時間の残業」が一番確実。
それがどれだけ効率悪くても、
過去にやったことある手法で、たくさん時間をかけるというのがいい。
新しい方法は、周りにも変化を強要するし(今までのやり方の否定にもなるし)
失敗してうまくいかなかったときに、責任を取らないといけないから
管理職は組織としてそういう選択をしないようになってる。



管理職側の責任から考えると
「新しいチャレンジはするな!今までのやり方で長時間働いて確実にそれを達成しろ!」
というメッセージになる。


そのうえ

失敗をしたらどなって交代させてしまう

であれば、肉体から精神からいろんなものが消耗されていくよね。


求める物が、
「能力の限界を超えること」か、
「残業時間の限界を超えること」か、、、


この先生のように、昨日までの自分を超えることに目標を置いておきたい。