本物の天才という疑似科学

だって量子から脳から細胞やコンピューターや
組織や宇宙や人間の心という概念まで
すべては情報移動で成り立ってるのだから、
天才的ひらめきや、天才的能力なんて、
その人がどこの情報に集中してるかリンクする確率の問題であって、
自分は天才じゃなく、あいつは天才だからかなわないとか
どこのすっぱいブドウだよ。


世の中の誰もから認められる実績を出したら天才とかは
僕も凄いと思うし、尊敬するよ。
それじゃ、君が天才じゃない100%確実な証拠を出してみろよ。
そんなの死ぬまで分からないだろ。
悪魔の証明と同じじゃないか。
自分が天才じゃないことを証明できないなら
本物の天才がどうかなんてどうでもいいじゃないか。
だから僕は君を尊敬するんだよ。


過去のどんな偉大な業績だって、
細かく分解していけばそのひとつひとつが人間の可能性の範囲で
魔法も超能力もないし、ただそれがあまりに巨人だから
まだ学んでない人は理解できずその肩にのってるから大きく見えるけど、
世の中の本質はずっとシンプルだ。


そのシンプルな世界をなぜ自分が複雑に捉えて、
天才を作りあげてしまうかを考えるべきだね。
君の後ろの人に言ってるんだよ?



、、、     、、 、、、




子供のようになぜ?なぜ?と問い続けていくと、自我を見失ってしまう。
深く潜るほど情報の意味がひとつに収束するから。
自分が存在しなくてもいいという結論から逃れるためには
人はどこかで思考停止しなければいけない。
個を保つために。
そうでなければ生まれてきた意味も失うから。


でも全ての行動はそこへ集約する。
事象フラクタルのように互いに似て本質となる。
情報を自我がなくなるほど分解すると、
より根本的レベルから世界を再構成しやすくなる。


分解する情報は何でもいい。
なぜ?なぜ?と、問いかけ続けるだけで全て同じ所にたどり着く。
本質をコピーするとはそうやって深く潜ること。
思考停止せずに潜るというのは、欲を、我を、意味を捨てること。
観たのは意味のない世界の偶然のつながりを喜べること。
自分の好きな世界を作れる人というのはそういうこと。