本を読む人と、本に読まれる人

[コピペ]二十代前半までに読んでおけば勝ち組になれる本
http://anond.hatelabo.jp/20090430150642


こっちなら本当に勝ち組になれると思うけどね
http://anond.hatelabo.jp/20090501225144


上の自己啓発書におぼれて行動に至らず、余計に自信をなくして自己嫌悪に陥る人も
上の哲学書系を読み込んで、経済的観念が全て哲学になり、
資本主義のルールで何も立ち回れずオチこぼれる人も両方みたことあるんですよね。


超!超!勝ち組になれる読書術 - orangestarの日記
http://d.hatena.ne.jp/orangestar/20090502/1241239823


そうそう、まさにそうやって年をとっていく人。



でも逆に、そういう上の本を読み込んでいながら
その本を糧に結果を出しているクリエイターや、プログラマーや、
経営者は確かにいるわけですよ。
よくよく、劇中や会話やインタビューで引用しますし。


なぜ、同じ本を読みこんでそれを活かす人と、
それに振り回される人がいるんだろう?



、、、、、仮説ですけどそれはもしかしたら

アウトプット量の差

なんじゃないかと。


全ての本は知的エンターテイメント


本から何か学ぶというのは、
自分が知らなかった新しい事を発見したり
自分が知らない視点を教えてもらったり、
そういう知的欲求を満たすことだと思います。


それは自己啓発書でもそうだし、
イソップの童話でもいいし、
アンパンマンスラムダンクでも構わないわけです。


実際たくさんのマンガにいろいろヒントを教えてもらった
という大人は多いかもしれません。
昔だったら、シェイクスピアや、ドフトエフスキーを演劇でみて
そう感じた人もいたでしょう。

目的を持ってる人は、どんな関係ない物をみてもそこから目的への情報を引き出そうとするクセがあります

では自分は何に成りたいのか?自分の目的は何か?


仮にこの問いかけを、本に教えてもらおうとしたり
自分で考え込むのは無駄に思えます。
だってとりあえずやってみなけりゃ
それが向いてるかどうかもわからないから。


それを探す一番効率のいい方法は、

目の前のアウトプットをどんどん増やす

ことじゃないでしょうか?


上の自己啓発書的に言うと
「今この瞬間を精一杯いきる」
ということになるでしょうか?


なんで目の前の事に一生懸命になるのが、
自分でも知らない自分の目的へとつながるかというと、
結局何をやるにも、上司、部下、チーム、家族、取引先、趣味の仲間、視聴者、読者、材料、シナリオ、絵、音楽、演出、プロモーション、食、道具、、、、
と、膨大な環境要素の上に成り立っているので
目の前の事を追求するだけで、どの要素がボトルネックになってるのか、どうすればもっとアウトプットができるのか、そのためには
「自分はどの立ち位置でどうあるべきか」
というのが決まってくると思うんです。
職種の見直しや新たなチャレンジも含めて。

点と点をつなぐ


これは嫌々仕事をしたり、
趣味でも遊びでも目の前のアウトプット作業から逃げ回っていては
とうていそのつながりが見えない訳で、
つながりがないことを毎回ゼロからはじめるより、
どんどんアウトプットの量からつながる、
ジョブスのスピーチで言う

「点と点をつなぐ」

ことで、自分の目的が明らかになっていくと思うのです。


つまり本を読む人と、本に読まれる人の違いというのは

本を読む人

アウトプット > インプット


本に読まれる人

インプット >>>>>>> アウトプット

ではないかと。

本は走り出してから読む


まず、スタートを切ってあと
本は走りながら読むから、
走った先でみえる風景と照らし合わせることができるのであって
走る前に本を全部読んでから、スタートしようとしても
照らし合わせる風景が毎回同じスタート地点では
最初の一度しか自己啓発されることもなく、
全て読み終える頃には足の筋力が弱ってもう走れなくなってます。



元エントリーの人が「20代前半までに、、、」とありますが

だいたい手に取ってパラパラめくってみたら
それが自分に取って必要な本かどうか肌でわかるはずなので
そういう本に自然と惹かれるのかもしれません。



ジョブスのスピーチはこちらをどうぞ。(コメントオフ推奨)