ネガコメが気にならない理由

はてブYouTubeのようにコメントに対するマイナスの評価軸を取り入れるべき - Cheshire Life
http://d.hatena.ne.jp/coconutsfine/20090510/1241942321


はてブのコメントがひどすぎて最近非表示ユーザーだらけなっているのだけれども、どうだろうか。何がひどいって、文章を曲解しているコメントがひどい。文章を曲解して特定のキーワードに対して脊髄反射しているコメントがひどい。「いや、そうじゃねえだろ」と思うものが多くて、見る度に非表示にしているけれども、もうそろそろ限界が来たので、こんなアホみたいなことは技術力によって解決するべきだし、解決して欲しい。そのコメントをしているアホに直接攻撃をする機能が必要だ。「そんなことを言うと殴られる」ということをアホに理解させる機能が必要だ。


うーん、どうだろう?


はてブは攻撃されにくいし、100文字だから言葉が極端になる、、、
確かに一理あると思います。



僕は非表示機能を使ってないしそこまで気にならないんですよね。
んで、気にならない理由をいくつか書いてみます。


1,そもそも引用など関係なく、僕自身が今言いたいことを言っている


ブコメが、トラバが、書評でもいいのですが、
引用先の主張よりも、それを観て、読んで、
僕がどのキーワードを拾うかの方が重要だったりします。


そのときの僕にどのキーワードが心に響くのか、

どのキーワードを掘り下げたいかは、

引用先とまったく違う方向に行きがちですが
引用先はそれを考える大切なキッカケなわけです。


それはこのブログの人気記事もそうですし、
このエントリーもまたしかり。


2,だから他の人も同じように、記事とは関係なく言いたいことを言いたいのだろう


と思うと、そんなに自分に直接物をいわれてる気がしません。

その人にとって今大事な事と、僕にとって今大事なことは違って当然です。

3,罵倒コンプレックス


腹が立つのはたぶん、「コメントに礼を欠いてるかどうかが問題」なんでしょうが、、


人を罵倒しなければいけない理由と、
人の罵倒を受けなければいけない理由は、
双方のコンプレックスにあります。
僕もそうですしw


なかなかいないですけど、人生が順風満帆で幸せの絶頂にいるような人や
充分生き抜いて、子や孫に託す人、
修羅場をくぐり抜けて強さと優しさを兼ね備えるぐらいの人なら
人を罵倒する理由もヒマも無いんですよ。


逆にそういう人へ罵倒をあびせても、まったく動じないというか効きません。
そりゃ的外れもいいところですが、それを受けてしまう人というのは
何かしら過去か現在に解決できないコンプレックスを抱えてる訳です。
許せない自分自身への矛盾みたいなもの。


でも人は不完全で未熟な方が面白いし、成長するので
老衰するまで面白いままでもいいと思うんですよね。

どちらかというと矛盾や悩みを抱えてる方が人間らしい。


そのうち自分自身の矛盾を笑えるようになると、
未熟なままでも他人や自分のコンプレックスには悩まされないで済むと思います。


4,全員右ならへ! は危険!!


たまに、たくさんのブクマがついてる記事でひとつもネガコメがなかったら
ひどく気味悪く感じます。


それが正しいかどうかとか関係なく、
意見の一極集中の怖さを感じるわけです。


そういうときは、なぜかバランスを取ろうとあえてネガコメを入れたくなります。


学校のクラスにもいませんでしたか?
みんながこっちいくなら、俺はこっち!という天の邪鬼な奴。


でもこれ、人の欲求としては正しいんですよ。


人間は安全のためなるべく群れを作ろうとしますが、
お互いの領域がぶつからないように距離を保とうともします。


ところが群れである限り、その群れを一つの共同生命体と考え
共同生命体としての多様性のなさを危険と感じます。


もし誰かが、その共同生命体から離れたら共同生命体の中の人は安心します。
自分たちが全滅しても、その人達が生き残るからです。


しかし、彼らが自分たちの群れを離れたということは
自分たちの否定そのものでもあります。
自分たちはこれを肯定しないといけません。
今度はその不安を打ち消すため、彼らを否定しないといけない。


ひどく矛盾してますが、結果的にこの方が生命全体として
長生きする可能性が高まります。


何が言いたいかというと、
40名程度のクラスで数人天の邪鬼がいたぐらいですから、

一定のネガコメはバランスとして必ずつくもんだと、

そういう仕組みや心理がまさに脊髄反射で出るのが当たり前ぐらいに思っとくと
あくまで一意見として冷静に見れるようになったり、ならなかったりです。


5,ネガコメこそ発想の飛躍につながる


ネガコメというか、自分の反対意見というか。


曲解されたとんちんかんなコメントにみえても、
わりとそれはお互い様だったりして
どっちの意見もその人の立場から正しかったりします。


マーケティングの教科書に出てくるような話ですが、
うまくて遅いラーメン屋と、
そこまでうまくないけど早くて安いラーメン屋が同じ地域で対立してた場合、
どうやって相手に勝つかという対立の一番良い解決方法は、第3の店舗、
こってり焼き肉居酒屋を誘致することだったりします。


他に、量が多いラーメン屋、ヘルシー特化のラーメン屋、
カップラーメン特別加工ラーメン屋などを乱立させる手もあります。


相手に勝つというより場を盛り上げてより利益を上げる方法ですけど、
こういうのは自分1人の考えにこだわってもなかなか出てこなくて、
対立する相手をどうやって倒すかじゃなく、
どうやって味方にするか?
どうやって対立の意見を自分の飛躍へ巻き込んでいくか、
という、はっきりとした問題になります。


世の中、能力はあっても適切な問題がなくて在野してる武将はたくさんいますが、
はっきりと適切な問題を提示されたら、それはもう問題の半分を解いたも同然です。


とんちんかんなコメントにみえても、
わりと次の考えのきっかけになったことも結構あるので

はっきり見える敵ほどありがたいものはなかったりします。

6,ネガコメブクマでも、1ブクマ


そりゃ、ブログ書いてる以上共感や理解や賞賛を欲しい、、
というか僕は名誉が欲しいですがw


別に共感をもらえなくて、コメントやブクマから強烈なDisを受けたとしても
そのブクマやコメントのエネルギーがまた新たな読者を呼ぶわけで
新しく来た人が理解者にならないとも限らないじゃないですか。


そう考えてもありがたいものですよね。
なので、今のはてブはわりといいものだと思ってます。


まとめ


これらを総合すると、つまり



だからもう俺にネガコメとかつけても無駄だからな!!!!
もうこれから絶対付けるなよ!!!!!
いいか!!絶っ対だぞ!!!!!
完っっっっっっっ壁に無視するからな!!!!!!









くっそーー!!
思い出すだけではらわた煮えくりかえるわ!!!!!!!!!!!!!!