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自分にはどうしようもないことにプレッシャーを受け責任まで感じるまじめな人は欲望のペイフォワードを知らない

子供と二人で毎日過ごしてた時
http://anond.hatelabo.jp/20091022224817


これ見てそう思った。


それはともかく、まずぱっと思いついたところで
こういうとき嫁さんと子供だけ実家に帰ってはどうだろう?

一歳二歳のころは、気が狂いそうに辛かった。


最初の2年間がつらいなら
2歳になるまで実家のじいちゃんばあちゃんに手伝ってもらう。
他界してたら旦那さん側のじいちゃんばあちゃんでも、
頼れる信頼関係があれば親戚のじいちゃんばあちゃんでも。


旦那さんの仕事場と距離があれば別居状態なんだけど
一人の時間はとれる。

私立の保育園は月に7万かかると言われた。何のために働いているんだから解らない金額だ。


共働きでこれがきつい給料ってのはパートや派遣だから*1
田舎でも同程度に働ける場所は探せるはず。
自分の実家であれば昔なじみの友達もいるだろうし。
土日には子供と一緒に旦那さんのところへ帰るとか
じいちゃんばあちゃんだけで数日こどもあやせるなら
もうちょっと長くいてもいいわけだ。


この場合どちらかというと苦労するのは旦那さんかもしれないが
嫁さんへできる協力ということで^^;
まあ子供二人目からは、上の子があるていど下の子をリードするせいか
子育てになれたせいなのか、そんなにきつい話は聞かないし、
最初だけのりきればいいかと。


本題の方なんだけど、

何が辛いかっていうと、社会から取り残されて、とかそういうんじゃなくて、
単純に、誰とも全然しゃべらないことと誰もこの辛さが全く解ってくれないことだった。


子育てで家に入れてシアワセだねと言われるし、確かにそうなんだろうと思うけど、
子供とだけ過ごす毎日が、子供に毎日気を配る毎日が、
ちょっとスーパーに行って目を離した隙に
どこか行ってしまう子供を非難するようにつれてくるおばさんが、
公園で遊んでいる子供に仲良くしてくれるけど
時々目を話していると意地悪をする近所の小学生が
(その小学生は家にあったゲームを盗んでかえっていったみたいだった)
引っ越してきたばかりの誰か解らない人に対する
やさしいし何でも言ってねって言ってくれるけど
実際は何もしてくれない近所の人が、
公園出会う仲良いようでよそよそしいようで
がんばって仲良くならないといけない必死だったりするか
逆に輪には入れていて既に横柄なお母さんが嫌だった。
人間関係がいやだった。


子供のために人間関係を作って
その人間関係で人間扱いしてもらわないといけない。
仕方ないとおもっていたけれど、どうしたらいいか解らなかった。


公園では子供がそれなりに遊んでくれたし、
近所のお母さんも気を使ってくれたと思う。
子育ての話もしてくれた。
でも、すごく時々だった。
仕事があって保育園に言っているお母さんは忙しい。
仕方がない。
母親神話とか児童心理学の本とか虐待についての本も色々と読んだ。
子供の虐待ホットラインとか市民の相談とかも知っていたけど、
何が一番自分が不満なのか辛いのか良く解らなかったから、相談はしなかった。
ただ、時々酷く一人にはなりたかった。
考えが全くまとまらない。


これ見てこの話思い出した。

ロバと兄弟
http://www.melma.com/backnumber_74446_1507144/


昔々あるところに中のよい正直者の兄弟がおりました。
ある日彼らはいつもの日課どおりロバに荷物を載せ街に行きました。
そして街で荷物を降ろして岐路に付く途中の出来事でした。
家路に向いしばらく歩いていると、一人の旅人が向こうから歩いてきました。
その旅人が兄弟に向かってこう言いました。
「要領の悪い兄弟だな。ロバに何も乗っていないなら誰か乗ればいいじゃないか。」
確かにそういわれてみれば・・・。
弟が「お兄さん先にのりなよ。」といい、まず兄がロバに乗ることにしました。
しばらく歩くと2人目の旅人がやってきてこういいました。
「兄のクセに自分ばかり楽して弟を歩かせるなんて愛情の無いやつだ。」
そういわれ兄は急いで降りて弟をロバに乗せました。
これで文句無いだろうと歩き出しました。
3人目の旅人と出会いました。
「弟のクセに偉そうに。年上を敬う気持ちはないのか。」
弟はすぐにロバから降り、兄弟でどうしたらいいか話し合いました。
「じゃあ二人で乗れば誰も文句言わないだろう。」
そして二人でロバに乗り歩き出しました。
そこに4人目の旅人が現れました。
今度こそ何も言わないだろうと思っていると、旅人は「小さなロバに2人も乗り動物がかわいそうだと思わないのか。」
・・・。
兄弟は恥ずかしそうにロバから降りどうしようかと考えました。
残された道は唯一つ。
そして兄弟はロバをかついで歩き出しました。


このロバの兄弟も相当つらいと思う。
街までロバを担がなくてはいけないのももちろんだけど
どうやっても他人に何か言われてプレッシャーを受けてしまう。
ロバのためには仕方ないのだけど
自分達でもどうしていいかわからないし、
4人の旅人は誰もそんなつらい兄弟の気持ちをわかってくれないだろう。*2


こういう気持ちのままだと、
田舎でじいちゃんばあちゃんの力を借りることさえ
「自分たちの子供を自分たちで育てることもできないのか!」
という世間のプレッシャーにつぶされるかもしれない。


ちなみにうちの親はどうだったのかなとちょっと聞いてみたら

忙しくて悩むヒマもなかった。
人間ヒマになってから悩むんだよ。

いやはや、母子家庭でしっかり育ててくれてありがとうございますw


さすが団塊世代
今の時代をいきる増田にはアドバイスにならなそう。



もうひとつ思い出した。

夫婦が新しい土地へ引っ越して妻がそこになじめない話

妻「引っ越したばかりですが、ここには住みたくないんです」
カウンセラー「何か理由があるんですか?」
妻「ご近所の奥様方が、私をのけ者にしているんです」
カ「具体的には?」
妻「ご近所が集まる集会やパーティに私だけ呼んでもらえないんです」
カ「それはひどい」
妻「いつも仲間はずれで、とてもなじめなくて」
カ「何か思い当たる節はありますか? ご近所に嫌な思いをさせたとか、顔に泥を塗るようなことをしてしまったとか」
妻「いえ、引っ越してきたばかりですので何も心当たりはないです」
カ「そうですかあ。引っ越してきたばかり、、、、、、ちなみに、一声かけました?」
妻「一声?」
カ「そういう集会やパーティがあったらぜひ誘ってくださいという一声です」
妻「え、、、、、いえ、何も声はかけてません」
カ「では、声がかかるのをずっと待っていました?」
妻「あ、、、はい、そうです」
カ「すると、相手の奥様方はあなたの気を遣う態度を敏感に感じ取って、同じように気を遣って自分たちからは声をかけてないだけかもしれませんね」
カ「まず、その一言だけかけてみてください。ただのすれ違いかもしれません。次回のカウンセリングはその後に」


数日後


カ「どうでしたか?」
妻「えっと、、快く受け入れてもらえました」
カ「それはよかったですね」
妻「やはり私がそういう雰囲気を出してたみたいで、声をかけずらかったそうです」
カ「知らない土地はホームグラウンドじゃないので萎縮して当然です。そういう気持ちは相手にも伝播してしまうので、お互いに望まない結果になることがあるんですよ」
妻「はい。今思うと私はあまりに人の目を気にしすぎていたと思います」


こないだ誰にも「助けて」の一言が言えずに「餓死」した
32歳の男性が話題になってたけど
増田も、、というか、かなり多いんじゃないだろうか?
このたった一言が言えないタイプの人。


クローズアップ現代10月7日放送「“助けて”と言えない〜いま30代に何が」書き起こし - Imamuraの日記
http://d.hatena.ne.jp/Imamura/20091008/help


なぜその一言が言えないのか?


言っても無駄だから?
言うと、社会不適応者としての烙印を押されるから?
資本主義社会では強く這い上がらないといけないから?
どうせ誰も助けてくれないから?
人の金で、みんなの税金で自分だけ助けてもらうのは間違ってるから?
そこまで何もしなかった自己責任?
借金背負った自分が悪いから?


自分で自分のことを何も決められない日本人


というのは、たいていその必要がないからです。
子供の頃は親が絶対で、親の言うとおりにしていればよくて
学校では先生の言うとおりにしていればよくて
バイトでは先輩や社員のいうとおりにしてればよくて
会社では間違ってても上司のいうとおりにしなければならなくて
家では親戚や周りのいうとおりにしなければならない。


日本で普通に生きてたら、自分で考えて自立するということはできないと思います。
自分で考えることはできるんですが
大事なところでいつも「これはしかたない」とか
「それはリスクが高い」とか
「それは前例がない」という感じで
「ならあとは根性でのりきるしかない」と、
報われない努力に走るパターン。
これはなんかおかしいと感じながらも、この流れに絶対逆らえない。
逆らうだけの自分がない。


個人のエゴは悪か?


エゴイズムは利己主義だそうですが
エゴの語源は自我
ego
Es(えす)
id(いど)
とも呼ぶそうで。


例えば、ロバの兄弟に指摘した4人の旅人は
それぞれの正義を押しつけた格好になります。


ところが全部が全部違う正義。
どれも正解じゃないとしたら
それぞれのエゴを押しつけたともいえるでしょう。
しかし旅人達はいたってまじめに正義を語り、
兄弟はそのどれにも納得したわけです。
では、この「兄弟の自我」はどこにあるのでしょうか?

この世に一般的な正義や常識は存在するのか?


日本の義務教育ではディベート*3の授業とかもなく、
個性を必要としない大量生産産業用の教育がまだ残ってるので
「一般的な正解」
「一般的な正義」
「一般的な常識」
といったものが、あたかも存在するかのような意見が目立ちますが
よく考えたら全員が納得するような正義も、正解も、常識もないことは
ロバの兄弟をみてもわかります。


しかし、高度経済成長期には確かにそれがあったんです。
あのときに全員が個性を出してばらばらの品質の物を
少量多品種生産なんてやられても困るわけで、
ネットも携帯もないし、TVでどかんと広告うって
世界にも大量に売るのだから
みんな同じように作ってくれなければいけません。


でも今は違うんです。
世の中も景気もとんでもなく速く変化し続けてるんです。


変化し続ける世界ではまじめな常識人が損をする


テストに必ず正しい答えがあるように、
世の中にも必ず正しい答えがある。。。。わきゃないんですw
旅人4人は全部違う答え。
誰が得するかの答え。
そのうえで、その中から正解をえらぶ訳じゃない。


自分で5つめの自分の望みを言ってもいいんです。
人が用意した答えを選んだ時点で搾取決定。
4つの答えで一番ましな物を選んだとしても
一番儲かるのは、答えを自分で考えた旅人です。


たくさんのニュースや命令から行動を選ぶんじゃない。
自分で判断して道を作っていいんです。


自分で判断して、自分のエゴを押し通すと周りが迷惑する。それは和を乱す事になる。


その二律背反をどうにかするのが人間の知恵です。


自分のエゴが言えない人は、
他人にもエゴを言って欲しくないと思うでしょう。
みんな平等でなければならないというでしょう。
きっと社会的正義を持ち出すでしょう。
そして自分だけが苦しんでると、悩み絶望するでしょう。
これはそれぞれのエゴを受け入れず、
みんなが同じで平等でなければならない社会。
融通が利かない例外なしのルール社会ですので
コンピューターで代換えできる社会ですね。


でも自分のエゴがうまく言える人は、
他人のエゴを受け入れることができます。
というのもそのエゴがさしたる不利益にぶつからない限り、
協力のエゴや助けのエゴをもとめて構わないと思ってるからです。
相手のエゴを通すため、
こっちのちょっとの協力(ちょっとの損)でかなうなら
そうしたら自分のエゴ(大きな得)も言いやすくなるからです。
これは、平等ではないけどみんな違ってていい社会。
いつも変化より対応が遅れるルールよりも
融通を利かさないといけないので人間が助け合わないといけません。


それぞれの弱点をカバーして支え合うなら
お互いのエゴを保管して協力する方が楽に生きれるでしょう。


みんな同じでなければならないという考えは
昔はみんなが同じ幸せになれる考えでしたが、
幸せの形が違う個性の時代に、みんな同じということを実現するなら
みんなで昔と同じ事をこれまで以上に努力して不幸になるしかない。
でも不幸だとさらに和が乱れるんです。


他人に迷惑もちかけていいんですよ


今の時代はそれがただの自分の思い込みにすぎない可能性が高いです。
その人がたいして迷惑でなければ必ず通りますし、
今度はその人の迷惑を自分が了承できる範囲で引き受ければいいんです。
別に違う人でもいいんですよ。
そういう連鎖、ペイ・フォワードが起こればいいので。



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自分のエゴを通して他人のエゴを受け入れない人だけが得するんじゃないか?


それはないです。
1回その人のエゴを聞いたらわかります。
いつになってもそういう人は誰にもその借りを渡そうとしません。
するとその人には連鎖が起こらないんです。


というか、今勝ち組に入ってる人はペイフォワードのような仕組みで
自分たちの欲望に忠実に生きてるんですよ。
それを取引できる人たちだけで連鎖している。


今負け組に入ってる人は、*4
自分のエゴを出してはいけないどころか、
「助けて」さえも言わないようなまじめな平等主義者なんです。
望みを声に出せないのなら何も連鎖するわけないんです。



自分の望みをはっきりさせましょう。

『求めよつづけよ、さらば与えられん。
尋ねつづけよ、さらば見出さん。
門を叩きつづけよ、さらば開かれん』


新訳聖書「マタイによる福音書」より

人生ゲーム


TVゲームでは底辺のステージ1が簡単で、
最上階のステージ8が最難関に思えますが、
実は自分のチャレンジレベルとタイミング次第で、
ある人は慣れるまでのステージ1が一番難しかったり
ある人は集中力が途切れるステージ5が難しかったり
ある人はステージ3のトラップが一番難しかったりします。



つまり、今負け組の最底辺にいるひとが
最上階のステージ8に絶対届かないと考える必要はなくて、
求めつづけ、
尋ねつづけ、
門をたたきつづけたステージ1こそが
立ち止まっていた一番ハードルの高いところになってるので
一番簡単なステージ1をクリアすることが、
一番難しかったと、一番達成感があったと
このゲームをクリアしたとき振り返るでしょう。*5


この考えにもとづけば、達成感や人生の充実感、幸せさえも
お金や、地位や名誉のゴールで得られる物ではなく
今のステージで、
どのように求めつづけ、
どのように尋ねつづけ、
どのように門をたたきつづけたか?
という様々な工夫そのものが、山あり谷ありの最高の人生だと思えるかもしれません。
充実した人生を送ったという意味では、このゲームはクリアしなくてもいいんです。


夢を追う | 見どころ | 連続テレビ小説「ウェルかめ」
http://www9.nhk.or.jp/asadora/welkame/highlight/hl_dream-work.html


世界とつながる仕事ではなく、
自分の立ってる場所そのものが世界です。


イチローが安打世界記録を出すのと
誰もみてないけど、自分で歩き出して試行錯誤する達成感は必ず等価値になります。



そしてこの記事はどう受け取ってもいいんです。
しょせん僕のエゴですから。




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異性をほぼ確実に落とす方法 - あるSEとゲーマーの四方山話
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フレームワーク脳を打ち破る宮本茂の言葉 - teruyastarはかく語りき
http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090128/1233071017

*1:正社員でも高いか

*2:会社の経営でもよくこういう状況あるんだよね。時代が変わって軸がなくなって、あれこれ中途半端に手を出しては、何がやりたいのか誰もわからなくなって儲からないデスマーチで鬱が大量発生とかw

*3:互いに違う視点から客観的真実をつきとめる討論

*4:勝ち組、負け組の使い方もどうかと思いますがそれは置いといて

*5:会社の指令からステージ3や5で足踏みされてる人も同じ