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「ゲーム性」とは何か?

Togetter - 「業界人の「ゲーム性」談義」
http://togetter.com/li/84642


「ゲーム性」ということばは、ゲーム業界関係者が語り出すトリガーとなるようです。
登場人物:
とみさわ昭仁氏、
成澤大輔氏、
米光一成氏、
桜井政博氏、
我孫子武丸氏、
鶴見六百氏、
上田文人氏、
外山圭一郎氏、
川村泰久氏ほか。


僕もこの前置きをしつつ考えてみる。

まさしくそうです。この件は誰かから答えを教えてほしいのではなく、自分で考えるためにつぶやいています。
@hitoqui_ponko

「ゲーム性」 とは 「リスク」 と 「リターン (リワード)」

バーンアウト3、オープニングチュートリアルより

どれだけのリスクを賭けて、
どれだけのリターンを得るか、失うか。

というものだと思う。


ジャンケンに勝ったらデコピン
というのは負けたら罰。
この程度のリスクで得られるリワードはわずかな優越感。
(子供だったらそれでもプレイのリアクションが楽しかったり)


運否天賦がいやなら100マス計算でも
石ころを空き缶に投げ当てるで競ってもいい。
相手がコンピュータであれば、
設定されたコンピュータの上限をクリアできるかどうかが勝負。
ゲーム製作者との勝負と思ってもいい。

「麻雀はそのままでもおもしろい。
でも、お金を賭けるともっとおもしろいんだよ」って。
そんときは、そんなもんか……って思った。
でも、おれはいまだに納得していない。
それは「ゲーム性」の崇高さを冒涜している発言だと思う。


これはゲーム制作者のポリシーの問題と思う。
例えジャンケンでも100万円賭けたらリスクとリターンは急激に高まる。

賭けるリスクは 「お金」 「知性」 「体力」 「時間」


こと、ビデオゲームに賭けるリスクは

「お金」

以外の

「知性(アイディア、情報)」
「体力(反射神経)」
「時間(で稼げるゲーム内ポイント)」

にある。


負けても「知性」や「反射神経」を失うほどのリスクはないが、
コンピュータにその知性や反射神経が「価値なし」と判定されたら
達成感は得られない。


「時間」においてはドラクエやFFよりも
モンハンやMMORPGなどで支払ってる人が多いはず。
かけた時間に知性や反射神経をかけ算してより多くのリターンをもらう。
そして、いかに効率よいプレイを目指すかを基本としながらも
プレイのムダや遊びも楽しまないと「効率厨」なんて罵られるw



それにしても最近のゲームは、
得られる優越感、達成感が低いではないか。*1


だが賭けてるリスクが低いのだから当然だ。
知性や反射神経もトレーニングしないと認められないが
認められなくても、失われるリスクではない。
そして時間だけで得られる達成感は、優越感につながりがたい。*2


ここで「お金」が賭けれたらいっきにリスク、リターンが高まるが
ビデオゲームでそれはご法度だ。
ではどうするか?

「プレイ時間」を人質にとるビデオゲーム


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「プレイ時間」を人質にとる。

このゲームは「負けたらLV1に戻るゲーム」だ。
死んだらそこまで10時間かかってても無かった事にさせられる!

(シリーズの中にはLV下がらないのもあるらしいが)


このシリーズで死んだときは
「もう二度とやるか!!」 と何度枕を涙に濡らしたことか(;_;)
再チャレンジやコンテニューの類は他のゲームでも細かくあるけども、
このゲームのリスクはものすごい緊張感だ。


だが、ファミコン時代のゲームは最終ステージで死ぬと
コンテニューできずに1ステージからやり直しとか、
名作ウィザードリィはパーティーが死ぬと生き返るすべはなく
やはり新しいLV1からの仲間を作らなければならなかった。


ただこれほどリスクが高いゲームだとそれに再挑戦できるマニアにしか売れない。
不思議のダンジョンはLVは下がっても
アイテムを集めたり剣を鍛えたり、
敵を知りプレイが楽になることで一方のリスクを軽減する。


今は「ゲームをマニアが喜ぶ難しいものにしても売れない」ということで、
そういう極端なリスクを取るゲームは少なく*3
ローリスク・ローリターンのゲーム性で
「時間かけて集めよう」「時間かけて育てよう」という方向にシフトした。*4
「体力」「知性」の掛け算を減らし、
「時間」に見合ったリターンを誰もが確実に得る。*5


ただ「時間」ベースだと難しくは出来ないので一気に消費されないよう
中身のボリュームをひたすら増やし、達成感と優越感を引き伸ばす。
「難しいと売れない」*6
「簡単でも面白くない」
「だがボリュームを増やすにはコストがかかる」
なかなか難儀なビデオゲーム業界です。。。


でもこのリスクを取ったまま大ヒットしたゲームがかつてあった。


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Tamagotchi iD Lovely Melody ver. Lovely Music (たまごっち アイディー ラブリーメロディーバージョン ラブリーミュージック)

「たまごっち」
こいつは死ぬw
死んだら帰って来ない。

*7
新しいキャラでやり直すしか無い。
社会現象と言われるまでブームになったそれは
プレイしてない人にはわからないのに
死んだらほんとに悲しかった。


たまごっちはビデオゲームの定義と
またちょっと違うかもしれないけど
不思議のダンジョンウィザードリィ並に「時間」を人質にとる。
これは「難しい・簡単」の定義でもないので
不思議のダンジョンや、たまごっちみたいに
「なぜ死んだのか? 」
という理由がハッキリ分かるように作れば
もっと今のビデオゲームもリスクを取れるものと僕は思う。
*8


だがなぜその「たまごっち」は一過性のブームで終わったのか?

というと、いろいろ見解はあると思うけど


2匹目を育てようと思いたくないほど失ったリスクが大きすぎた、
のではないだろうか?
あるいは育てる手間を同じようにかけたくなかった。
死んだ以上の育てた先が見えなかった。
日常生活とリンクするボリュームが足りなかった。
などが考えられるので、
強烈なリスクに対するアフターフォローも同時に考えねばならんのだろう。*9
*10


というところで

「ゲーム性」とは「リスク」と「リターン(リワード)」である。

賭けに使う「リスク」とは

「お金」
「知性(アイディア、情報)」
「体力(反射神経)」
「時間」

としてみる。

ならば「ゲーム」とは「ビデオゲーム」や「ギャンブル」「スポーツ」のことだけをいうのか?


「お金」 「知性(アイディア、情報)」 「体力(反射神経)」 「時間」
を賭けて得られる、リターン、リワードが
「名声」
「権力」
「自尊心」
「成功」
「より多くのお金」 等々、
とするとこれらは 「ビジネス」 にも当てはまる。


いかに利益率のよいプレイを目指すかを基本としながらも
企業としてのプライドやモラル、
公共性も考慮しないと「守銭奴」なんて罵られるw


恋愛や友人、人付き合いもリスクとリターンがあるだろう。
なんだったら映画や小説、漫画に支払う代金のリスクは、
代金以上の感動や笑い、興奮のリターンを与えてくれるかどうか?
というゲームといえる。


先のビデオゲームすら
誰にでも支払った6800円以上の満足を与えないといけないという、
知性や体力を試すのとは別ベクトルで、リスクを減らそうとしてる。


極端に言うと「何もしない」ことで「安定のリターン」を狙うことさえ
「何もしないリスク」が付いて回る。

ゲーム性と金を賭けることは同一平面にないですよ。


そうだろうか?
いや、定義が人それぞれならそれもまた正しいのだろう。
業種によってルールを狭義に絞る方がシンプルだという考えもある。


例えばここにも過去のカテゴリーやフレームワークに分け
まさに細部やルールに限定した西洋的な代表者が4人いる。

ゲーム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0
ゲーム(英:game)とは、遊戯や遊びと訳され、勝敗を決めるためのルールと、環境または他人との相互作用を元にした、普通楽しみのために行なわれる活動である。


ウィトゲンシュタインによる定義
カイヨワによる定義
コスティキャンによる定義
クロフォードによる定義


でもどんどん関連をつなげていくと、「ゲーム性」や「ゲーム」は
何かのカテゴリーを指すものではなく
全部が「ゲーム」なんだともっとシンプルに考えることもできる。
これはこれで 1 を 全 とする東洋的すぎる考えだけど、
今さら 「脳トレ」 「WiiFit」 「怪盗ロワイヤル」は識者4人が指摘する「ゲーム」ではない!!
、、なんて定義をすることすら実際どうでもいいことでしょ?


個人的にはカイヨワに定義されるそれが「生産的か?」 「非生産的か?」
というのすらゲームには関係ないと思う。*11
生産や進歩のために生きてるわけじゃないけど
ゲームが思わぬ生産やトレーニングに繋がるかもしれないし*12
息抜きやコミュニケーションが生産性と無関係でもないから
ゲームの生産性を定義するのは無意味で楽しければそれでいい。


もし歴代1位のハイスコアしか記録されないゲームで
1度しかプレイ出来ないハイリスクゲームを選ばないといけないとしたら、
友達やみんなが薦めるゲームと、
自分がこだわって遊びたいゲームと、
自分でルールから新しく作ってみるのと、
果たしてどれが一番楽しめるだろうか?


、、、と、話が変なところに行きそうなのでこのへんで。



「原因」と「結果」の法則
「原因」と「結果」の法則


新超訳 ゲームの達人〈上〉新超訳 ゲームの達人〈下〉


ドミニオン 日本語版
ドミニオン 日本語版

*1:方便です

*2:むしろ劣等感?

*3:ゲームバランス取るのがまた難しい

*4:中古へ売るのも先延ばしさせたいし

*5:作業じゃね?

*6:ほんとに?

*7:今のたまごっちも死ぬよな?

*8:余談だけど、プレステなどはメモリーカードからセーブデータのコピーが普通に出来るのでオートセーブ機能でリスクの結果を上書きしても、死ぬ前の安全なデータを復活させることが容易。なのでDSみたいなゲームソフトそのものにセーブするハードでなければ原則的に難しいという事情もある。

*9:むしろそんなこと考えるな?

*10:たまごっち第一次ブームが97年。第二次ブームが04年とのことなので、死んだ強い悲しみを忘れるのと子供層が入れ替わるのが7年周期ぐらいだったりしてね。

*11:カイヨワってよくよく引き合いにだされるけど、1950年代の「社会学者」が観る社会学につながる「遊びと人間」だからゲームの駆け引きとは違って参考にならん。競争≒完全情報ゲーム、偶然=サイコロ、模倣=ままごと、は現代の遊びでは意識しないでもいいぐらい。眩暈にしても、日本人の子供ならほぼ宮崎駿映画観てるのでそういうの分解したり最新のマリオ遊んだほうがずっと為になる。共通言語として使うにもお互いの理解度がややこしい。よってディスっとくw

*12:ごっこ遊びは高度なイメージトレーニングかもよ。