ライターの原稿料は何に対して支払われていたか?

ネットによって文章を書くようになった人たちは
消費者でもなくクリエイターでもなかった - Togetter
http://togetter.com/li/363578


例えば、90年代末よりネットが普及して、文章を書く人々の数は飛躍的に増えたよね。これはプロの編集やライターとしては、いい兆候のはずだった。市場の拡大だから。皆が文章を書くようになれば、優れた才能の価値はより認められる。俺もそう思っていた時期がありました( ̄ー ̄)


でも、現実にはそうはならなかった。逆にプロの価値は下がったし、食えなくなった。ネットの普及によって現れた新しい書き手たちの群れは「市場」を形成しなかったからだ。


彼らは消費者ではなく、さりとてクリエイターでもなく、市場のルールから外れながら増殖しつつ、プロのクリエイターの社会的価値を着実に損なわせてゆく何者かだった。

「市場」は形成された


アマゾンアフィリエイトとか、楽天アフィリエイトとか、グーグルアドセンスとか、
そういうのを記事に貼ってたら雑誌の広告と一緒ですよね。
あるいは広告用の特集記事とか。
それだと一応報酬が発生します。


もちろんネットにある多くのアフィ貼ってない記事や、
Twitterの140文字だけでも面白く考えさせられる発言は多いです。
しかしそれらでさえ、広告のあるToggetterやNAVERでまとめられ、引用されます。


そしてネットの無料記事が増えるほど、
グーグルやヤフーなどの検索に並べられ、その検索に広告がつきます。


もしドラ岩崎夏海さんはブログの記事から本を書いたし、
アルファブロガーになったちきりんさんも本を出していて、
そういう例は他にもたくさんあるでしょう。


それに企業からしたらライターがプロかアマかは関係ないですよね。
お金を払って雑誌を買う消費者か、
無料でTV見てる人かも関係ない。
「企業」と「消費者」からみたらかなり大きな「ネット市場」が形成され、
なお発展途上なわけです。



ただ今回の話は「ライターとしての市場」と思うので、
雑誌ライターとして考えてみます。

ライターの原稿料は何に対して支払われていたか?

原稿料はピンキリでしょうが、わかりやすく10万円とします。


アマチュアと比べて、プロのライターは


・てにをはが全てきちんとできてる。(1万円)
・訴えられたり、炎上することを書かない。(1万円)
・決められた文字数に過不足なく収める。(1万円)
・専門・娯楽性が高い。(2万円)
・クオリティを毎週維持できる。(2万円)
・締め切りを守れる。(3万円)


などが挙げられます。


本来は割り切れないものを適当に振ってるだけなので
数字は当てにしないで欲しいのですが、
たぶん記事の中身以上に雑誌として運営を成り立たせるところに
価値を重く置いてるように思うんですね。

ライターの特性や記事の充実度を最大限に発揮するよりは、
雑誌として求められることを締め切り以内に、
決められた予算の中、一定のクオリティで続けていく。
出版社としては当然かも知れませんが。



で、ブログやTwitterで文章を書くときの判断はどうなるか?

てにをはが全てきちんとできてる。


日本人が読めたらいい。公開後の誤字誤植修正も可能。(0円)

訴えられたり、炎上することを書かない。


自分の責任で訴えられること書くのは構わない。
炎上はPVが上がるのでむしろ書いてOK。(0円)

決められた文字数に過不足なく収める。


文字数制限なし(0円)

専門・娯楽性が高い。


無料で書いてる本職のあるプロや、
ネットの娯楽性の高い発言多数でダンピング(?円)

毎週クオリティを維持できる。


無数の書き手で年に1回だけ面白いこと言えたら、365人で1年回せる。(0円)

締め切りを守れる。


ブログやTwitterに締め切りはない(0円)



可処分時間が無料で気軽なネットと並べられた時点で、
「専門・娯楽性が高い」
ここにしかレバレッジ、、てこの原理が効かなくなってしまいました。

ジブリ映画じゃないですけど、
他者と比べていかに突き抜けた中身を作るかどうかの時代になったんだと思います。

アルファライターとその他


日本は依然“ブログ大国”、リーチ8割、訪問時間は世界最長〜コムスコア調査 -INTERNET Watch
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20110825_472590.html


日本には「日常や会社では言えないけど、どこかで発言したかった人たち」
かなり存在していたのでしょう。
その人達にネットというメディアが与えられ、
プロとアマの境界線はこれにどんどん巻き込まれ、
ホントに突出した人を押し上げます。


締め切りに追われ、厳選された記事を載せる雑誌より、
思いついたことは脊髄反射で全部載っけちゃえ
というブログの方がヒットするとしたら、
雑誌がなくなるとは言わないけど、
どんどんネットへもシフトしていくのでしょう。


そのときはライターごとの特性をとことん突き詰め、
アルファブロガー」ならぬ、「アルファライター」
炎上も含め育て抱える覚悟をもち。
ネットのフタが開いてしまった以上、
制限のある編集方針よりも、365人のライターをレベニューシェアで雇い、
364人の血が流れても、たった1人がいかに記事の中身を突き抜けるかどうかの戦い。
そこまで中身に集中しないと差別化にならない混沌とした世界になり、
その救世主は多分、「ライター」を超えた何者かになることでしょう。


社会主義か、一強皆弱か


話飛びますけど、ネットやIT、グローバル化の一強皆弱で
国外含め参入容易で守られてないいろんな分野で食えなくなる人が
これからもっと増えていってもおかしくないんですよね。
社会主義国になるのじゃなければ、
ホントにジャンルを超えるほど突き抜けた人が
その人に関わる周りの人を食わせるか、
あぶれた日本人が世界へ働きに行ってつながりを増やすしか
未来がないように思うので、
みんな自分がクビになった時のことを考えて、
枠を突き抜けるための準備をしておく必要があるかもしれませんね。