teruyastarはかく語りき

TVゲームを例に組織効率や人間関係を考える記事がメインのようだ。あと雑記。

痴漢犯罪者の心理とか適当な対応策とか

今でも記憶に残っている、自制心のない男たち(再掲載) - モニターの向こうは今日も透明
http://d.hatena.ne.jp/more_white/20090418/1240056258


自衛していない(ように見える)女がどうこう言う前に、世の中の男たちの、この自制心のなさはどうだ。まさかと思うけど、男が自制心をなくすのは当然のことですなんて言ったりしないよね? 逆に言えば、そんな男ばっかりで当たり前、なんて言い分がまかり通るんだったら、女性の自衛なんて無駄以外の何者でもないじゃないか。


じゃあどうしろって?


決まってる。痴漢をするのはいけないこと。誘拐や拉致はいけないこと。強姦するのはいけないこと。人を殴ったり、物を盗んだり、嘘をついて人を貶めたりするのもいけないこと。それをもっと声を大にして、何度でも、しつこいほど、大人は主張し続ける必要がある。子供にも言い聞かせる必要がある。


「知らない人についていっちゃいけません」と同じように、「イヤがる人を連れて行っちゃいけません」と教えなくちゃいけない。


やっちゃいけないことはやっちゃいけないんだ。妄想の中ならどんなに非道いことをしたって罪にはならないけど、それを行動にしちゃいけないんだよ。


相手が無防備であっても悪いことは悪いことだ。まだ無知な子供ならなおさらだ。ちょっと好みの女性だって絶対にダメだ。女性が露出しててうっかり欲情したって、ダメなことはダメなんだ。ケンカしてムカついたからって、相手を殴ったらダメなんだ。ケガをさせたり、殺したりなんてもってのほかだ。

被害者には失礼を承知で今回の記事は書くけど、
マザーテレサの言葉で

私は、反戦運動には参加しません。
平和のための運動なら参加します。

というのがあって、やっちゃいけないことを非難するとか、強調するとか、
法で確立しようとすればするほど、どんどんそれに対する背徳感が強くなるんだ。*1



んで、痴漢や男女に限らない犯罪者側の心理を追うと、

世間的に、法的に、背徳感が強い物ほど興奮する

っていう心理があると思う。
だから↓これは痴漢犯罪者に対する思い違い。

私は決して、派手な女子ではなかったはずだ。前述の通り、大人しめの、真面目そうに見える生徒だったはずだ。今のようにスカートも短くはなくまだ膝丈だったし、ルーズソックスなんて売ってもいない時代だった。校則も割と厳しかったので、決められた制服を決められた通りに着ていた。髪を染めるなんて思いもよらなかった頃だし(せいぜい脱色するくらい)、化粧だって誰もしていなかった。男を挑発するような格好をしていた訳じゃない。



社会人になってから、私も世間並みに色気づいて、露出の多い服を着ることもあった。20代前半がもっとも顕著だった。まだボディコンとかワンレンとかソバージュなんていう言葉が使われていて、ジュリアナの余韻も残っていた頃で、私も髪を染めてソバージュをかけ、仕事の後はボディコンスーツに身を包みハイヒールを履いてトワレをぶっかけて、同僚や男友達と飲みに行っていた。


不思議なもので、その頃は滅多なことでは痴漢に遭わなくなっていた。OLっぽいスーツで朝の満員電車に乗っていた時に、たまに痴漢に出くわすくらいで、露出度の高い服装の時は何もなかった。何故、と聞かれても私には分からない。繁華街でナンパされたことならあるけれど、目に見えてナンパだと分かるから取り合わなければそれでおしまい。

真面目な子とか、幼女とか、なるべく
「男を怖がってくれる子」「法的によりまずい子」のほうが
犯罪者の背徳感が増すわけです。


子供でも大人でも「やっちゃいけませんよ」と言われる物
(タバコとか夜遊びとかその他嗜好娯楽品とか)
ほど、うずうずしてやりたくなるでしょ。
犯罪者だけじゃなく、男女関係なく、人間誰でもそういう心理を持ってるのが困りもの。




なので、痴漢撲滅のための啓蒙運動が広がると
犯罪者にとってやっちゃいけない背徳感がより高揚するだけ
逆効果かもしれないんだよね。


例えば十数年前の日本では、写真集のヘアとかもモザイクだったんだけど
法的にそうやって隠されてたほうがむしろ背徳感ましてエロかったと思うんだ。


児童ポルノとかもそりゃ悪いけど、
世界的にどんどん線引きを厳しくしていくほど、逆に背徳感はうなぎ登りな訳で。
極端に言うと裸で暮らしてるようなアマゾンの部族とか、
ヌーディスト村のほうがそういう犯罪ないかもしれない。*2



痴漢犯罪に対してはその場で勇気を出して大声で警察に突きつけるのが一番で、
元エントリとは逆なんだけど、あまり気にしたり痴漢犯罪者の事ばかり考えたり
みんなで相談して痴漢撲滅啓蒙を広めたりするより、
痴漢の話題とかは無視して、*3
『芯から強い凛とした日本女性になる運動』*4とかのほうがいいと思うんですよ。


犯罪者は裸が観たいとか、触りたいとか思ってるんじゃなく
それによって女性が恥ずかしがる背徳感を味わってると思うので
見られたり触られたりしたからといって相手の望むような怖がる反応をわざわざ与えてやるよりは
堂々とにっこり笑って、蹴り上げたらいいんですよ。
仮に間違えても後で謝ったらいいんです。
そういう人にはなかなか痴漢も寄ってこないと思うので。


あと、男と女の体格差やストーカーまがいのこと考えたら
勇気を出すとかそんな簡単にいえないよ、ってのもあるんだろうけど
これってまんまいじめられっ子の発想だったりします。
なんで犯罪者が虚勢をはる必要があるかというと実体がしょぼいからであって

ブチ切れたので、次の駅で警察に突き出してやると心に決めた。で、実行した。


そしたらそのおじさんは、駅に降ろされた途端、急にホームにべったりと頭をついて(いわゆる土下座)「すいませんでした!」とデカい声で叫び、すっくと立ち上がってバタバタと走り去ってしまった。


怒る先を失って、私はぽかんと呆気に取られたまま、追うこともできずに仕方なく帰宅した。

しょせんこんなもんですし、ストーカー対策はいくらでもできるので
考えすぎです。
一番の恐怖は自分の頭の中で想像することで、
というか、ヤクザでもいじめっ子でも犯罪者でも、
そうよそおって恐怖を与えてるので、まるめこまれたら思うつぼです。


ま、そうはいってもタフな精神が一朝一夕に身につく訳じゃないので
以下蛇足。



もうちょっと根源的に言えば

常識や日常から外れるほど受ける刺激が強くなる

という非常に単純な話になるので、
犯罪者の人はなぜ自分が背徳感に興奮するのかもちょっと考えてもらえると
別にその刺激は、ネットコミュではっちゃけるだろうが、
仕事で大きなリスクを掛けるとか、
祭りや、コンパで目立てるよう自分を磨くだとか
刺激の質じゃなく、量に分散するとか
その対象はマイナス犯罪じゃなく
他のいろんなプラス方向に向けてもいいということになるんだけどね。



でも自分を嫌いだとか、自分には無理だとか思うと
どうしても安易に犯罪方面の背徳感を求めるんだよね。
景気が悪くなって犯罪が増えるというのも、
仕事で成果が上がらず、羽目外すお金もなく、
刺激をマイナス方面に求めるという所も少なからずあると思う。


犯罪者側の対策


はっきり言って法を犯す背徳感を追求しても
刺激を求めたはずが最後は無刺激の破滅しか待ってない。


どうせなら自分が成長するプラス方面のリスクを追及したほうが
上限がなくて面白いよ。



これ、マイナスの冷凍はマイナス273度(絶対零度)で停止して終わるけど
プラスの上限温度は無限なのと同じね。
マイナスをどう極めても覚醒剤で廃人になるか、
せいぜい捕まって死刑が関の山だけど、
プラスのリスクはまだビルゲイツの100倍お金持ちというのも達成されてないし
銀河系コロニーステーションを建設するだとかも達成されてないし
そういうまだ未開拓のリスクとるほうが死ぬよりずっと刺激大きいよ。


どうすればいいかわからないなら前向きに生きる本やら、
前向きなネットの記事とかたくさん読んだらいいよ。


女性側の対策


犯罪に対して絶対の対策なんてないけど、
ガングロで電車の通路に座って化粧するコギャルと、
真面目でおとなしそうで痴漢にあっても声すらあげないような子じゃあ
後者の方が狙われやすいのはわかる。


別に品をなくせというんじゃなくて
痴漢の確率を減らすだけなら、びくびくしてるより
背筋伸ばして凛とする芯から強い女性のほうが減りそう。
それだと助けてくれる男性も増えそうだし。


どうすればそういうカッコイイ女性になれるかはまた別の話。
どうせならそういう話をしたいね。


システムとしての対策


満員電車に関してはTVでも、ネットでもいろいろ案が出てて
導入コストとか効果で一番高そうなのは

電車天井に複数ピンホールカメラを付ける。

だと思うけどな。



「満員電車だとお尻触られても映らないじゃないか」という意見もあるけど
複数のカメラがあると女性が声を上げやすくなるきっかけになると思うんだ。
あきらかに不振で怪しい動きとか、
物理的な距離から確実に対象者も絞られるので
痴漢犯罪者はほんとうかつに動けなくなると思うよ。


あと、女性だけじゃなく映画「ぼくはやってない」みたいな
痴漢冤罪裁判なんかに対しても、カメラがあるとないじゃ段違いなので
普通の男性側としても安心だと思うんだ。



カメラ付けるってのはイギリスで街中に監視カメラつけたら
犯罪率激減したというのもあるんだけどね。


監視カメラ社会


もうひとつ何か活かせないかなあと思うのは、
今の携帯って高解像度のカメラがついてるでしょ。
そういうのを動くセキュリティ監視カメラに使えないかな?



もちろん普段はカメラ起動してないし
犯罪が起こってから起動しても遅いかもしれないし
犯罪者をわざわざ追っかけたらむしろ危険なんだけど、
これが、ストラップの先に360度魚眼カメラがつくとしたらどうだろう?


今はまだ24時間動かすバッテリーもないけど
そのうち小型燃料電池とか実用化して
自分が1日歩いた風景全てを記録する携帯とかになると

常時起動している1億台の動く監視カメラ

ができないかな?と思う。


これは犯罪者側からはまったく予想できない移動するカメラなので
犯罪の瞬間も逃走経路も全部どこかで映ってるかもしれない。


警察はその日のその地域に居る人の全カメラデータを
犯人逮捕に役に立ったデータの人には少し報奨金を出すぐらいで
募集すればいい。
もちろん個人情報については一切触れないし、
基本的に映ってるかどうかはわからなくても、犯人逮捕のため
善意で提供する人は多い気がする。*5



ま、これは技術が先の話なので今どうこうってわけじゃないですけどね。
蛇足でした。


追記:このエントリーを上げること自体に違和感があったこと


元々、共感を求めてた記事だったので素直にそう反応しとくべきだったのだけど
すでに共感してた人は多かったので、俯瞰的に思ったことを素直に書いてみました。


ですが「こういう問題は最初に加害者を理解すべき」という理屈は
次に「被害者の心情を理解すべき」ということにつながり、
more_whiteさんに食ってかかるのは矛盾してるんですよね。
それはご本人から指摘されてますが全くその通りです。

理解することを押し付けてもしょうがない。押し付ける権利は誰にもない。


ということで、more_whiteさんへ理解を求めるのは筋違い。
誰を変えるわけでもなく、本来の俯瞰視点での追記だけしときます。


上記対策が、「犯罪者あて」>「女性側あて」>「システム側あて」の順番になってること


最後のシステム側対策というのはただの対処療法なので、矛盾してて
問題の解決ではなく、さらなる悪化の危険性をはらんでます。


痴漢が痴漢しにくくなったらそれでいいかというと
もちろん数値表面上は痴漢が減るようになりますが、
痴漢の気持ちはまったく晴れないわけです。


このとき押さえ込まれた犯罪者側の気持ちはどうなるか?
「痴漢できなくなったからもう痴漢やーめた」となるでしょうか?
いえ、元々鬱屈した気持ちから起こる犯罪心理は
「ならばカメラに映らない、警察にも駆け込まれない、より陰湿で完璧な痴漢を」
となる可能性があります。


女性専用車両とか、ストーカー法とか、裁判沙汰とか、
過渡期の対処療法は全てそれに当てはまり
昔は胸や尻を触られる痴漢だったのが、それが難しくなると
警察にも言えないようなレイプまがいのものや、
さらにばれないように完全犯罪の殺人レベルに発展するものある。


特に不公平感や理不尽を煽るような対処療法
人のストレスと鬱屈感を増大させるので下策です。
数字上の軽犯罪が減って、見えない凶悪犯罪が増えるようでは対処の意味がありません。

悪いことをする犯罪者の気持ちなんか分からない!理解するつもりもない!罪は裁かれるべき!!


被害者からはどうしてもそういう心情になるのは分かります。
被害者自体をまず理解して欲しいと思ってるはずなので
もうそういう押しつけはしません。


なのでここは被害者以外の人に向けての話になります。
「もし自分の息子が痴漢者になったら、すぐさま他の犯罪者と同じ極刑をあなたの手で下せるでしょうか?」


たぶん「自分の息子がそんなことするはずはない。もしやったら極刑にしても構わない」と口では言っても、実際にそういう場面になったら気持ちが変わるかもしれません。
僕だったら「なぜそんなことをやってしまったんだ?」という環境原因と
その心理的解決を、更生の道を探るでしょう。
何せ、親が自分でも気づかない形で子供にプレッシャーを与えるなんて普通ですから
自分に環境要因がないとも限りません。

肉親の気持ちなら分かる!でも、赤の他人の犯罪者の気持ちは分からない!分からない人は更正もできないので極刑にするしかない!!


では親兄弟の家族ではなく、恋人が犯罪者だったら?
幼なじみが犯罪者だったら?
会社の同僚が犯罪者だったら?
親戚が犯罪者だったら?


知人だったら温情もかけれますか?
まったく知らない人だったら極刑ですか?
ならば時間をかけて理解しようとは思いませんか?
加害者には家族や知人がいないと思いますか?


もちろん加害者側の心理を理解するというのは極刑から救うためじゃなく、
犯罪を起こす前の予防の観点です。

相手が理解できない前提では対処療法以外の選択肢はみえない


業績に問題があったらリストラするとか、
プログラムでも、都合の悪いときは例外処理を多用するなんて
対処療法というのはほとんど根本的な解決にならず、
ただ先送りしてさらに問題を大きくするだけです。


でも自分が100%正しくて、相手が100%悪いから切って捨てる
という物の見方では理解なんて生まれません。
それだと自分の悪いところはひたすら隠しつづけて、
自分すら騙していくのは矛盾だらけで生きにくくなりますし。
矛盾を突かれないように他人を攻撃してさらなるストレス患者を生み出すか、
自分を攻撃して鬱になるか、どっちに転んでも犯罪者も自殺者も減りはしません。


陳腐なまとめ


事の本質は似てるんです。
陳腐な言葉ですが、『人類みな兄弟』、
たった一期一会の敵対する人でさえも仲間や肉親と思って
性善説で軽く対処するぐらいの方が理解がはやかったりします。


性善説といっても、無遠慮に表面を信じるとかではなくて
人が生まれてきた根源的な所を信頼して相手をすること。
(表面でおかしな言動をしてたら子供でも直感で変な感じがしますし)


起こったことをどう捉えるかというのは塞翁が馬だと僕は思うのですが、
みんなもそう思おうよということではなく、
そういう考え方もあるんだぐらいで。


ブックマークコメントに返事

id:hello_hello その理屈で言うと、仮に大人の女が全員痴漢を撃退出来るようになったらターゲットは子供や知的に遅滞した人になるだけでは?強い人から一抜けして弱い人に被害が偏る世の中は嫌だ

強さってのは覚悟の違いでしかないので、むしろ素直に声を上げれる子供の方が強いこともあるんですよ。
弱い人に被害が偏る世の中ってのはもうその通りだと思います。

id:search-light 蹴り上げてやろうと思っても、実際は恐怖で足が竦むし声を上げる事も難しいと思う。それは少しの訓練でどうにか出来るものではない。前向きに考えるの方向が明後日過ぎてこんなの全然現実的な対策じゃない。寧ろ逃避

そうですそうです!
僕も、いじめられっ子だったときまったく言い返せたり、
殴り返せたりできずにただやられるだけでした。
でも今は嫌なことあってもかわしたりやり返せるんですよ。
これはちょっと明後日の方向に考えることができるようになってからのことで、
真正面からぶつからなくなったんですね。
自分のダメな心とも。
どっちかというとその転換は本当に逃避であって、
それができてやっとうまく立ち回れるようになったんですよ。

id:lisagasu いつも大地に両足をつけて現実だけを視界に入れて自分を100%受け入れた女になればいいと言われてるみたいです。無理/実際は背徳感なんて高級な感情ではなくて、ストレス解消に弱いものいじめする感覚に近いと思ってる

自己啓発系の発言は厳しくて無理っていうのは僕もその通りでした。
そんな聖人君子になんかなれるわけないというのもそうで、
今でもそう思ってます。
その点はlisagasuさんと同意です。


でも過去の偉人達が言ってる聖人君子みたいな言葉は
ちゃんと理解すると強さとは全く逆のことなんですよ。
受け容れるのは100%良い面のところで、悪いところからは100%目を背ける。
(というとまた語弊があるんですけど)
これは実際に逃避であり、見方によってはそれを強さと言う人もいるだけのこと。
ちゃんと理解するとキリストがブッタでも聖人君子なんかじゃないですしw



で、みんなの言う「そんな簡単に強くなれない、弱い人はどうするんだ」というのも
僕はまったく逆に感じるんですね。
世間的に精神が強いようにみえる人は、ほんとに避けるのがうまいだけです。
どんな罵詈雑言でもひょうひょうとしてて、ちょっと避けるだけ。
自分を責めるなんてもちろんしません。


でも世間的に精神が弱いようにみえる人は、全部正面からぶつかっていきます。
どんな罵詈雑言でも真剣に受け止めて、
自分のミスだって徹底的に責めるし、
もしくは相手のミスも徹底的に責めます。


これ、明らかに後者の方が強くないですか?
前者は新幹線がつっこんできてもちょっと横によけて風しか受けないのに
後者は正面から受け止めようとしてあまつさえ攻撃までしようとしてるでしょ?


だから不思議なんですよ。
行動的にまったく弱くて逃げてるだけで世間には強いと思われて、
行動的には正面からぶつかるような強い人が、疲れて疲弊しきって
世間からは弱いと思われてる。


ま、僕が強かった頃の場合は
親や学校の教育から、「正しきうえにも正しき」みたいな
悪を断罪して、正義として生きなければいけないとか、
自分の中にある悪も断罪されるべきとか、
もうそういう正面からぶつかるばかりの価値観でしか育たなかったので
意味なく全部ぶつかったのですが。


こういういじめでも痴漢でも、物理的被害以上に
精神的被害のほうが大きいことが多々あります。
1回やられただけで、何十回も思い出すような精神的被害。
これってまさに自分の受け止め方のほうなんですよね。
いじめや痴漢でなく、交通事故で足がうごけなくなったとしても同じ。


そういうときって起こったことを何度も何十回も追体験して
正面から何度も強く受け止めるより、
1回でさっさと逃避してしまって次を生きる方が
弱く逃げ出すほうがいいと思うんですね。


more_whiteさんには
『つまり要約すると「目をそらせ、直視するな」ってことですね』
と皮肉られましたけど、
つらいことを自分で何度も何度も追体験するほうがずっと強いですよ。
それにこだわってなんの意味があるのかは
1回で忘れて逃避して次にいくような人には分からないわけですよ。


でもそんな強い人達も、
何度も悪感情の追体験することに力を使ったり、
さらに直視しない人達を糾弾することに力を使ったり
それで新しい事をはじめる力がなかったり、
ついには力尽きて、鬱になったり自殺したりするのはたくさん観てきました。
最後には世間で弱い人扱いです。


だからお三方も逃げ回ってる僕よりは強いんですよ。
ちゃんと正面から受け止めようとするだけ。

でももし「正しき上にも正しき」みたいな昔の僕と同じ価値観であれば
偉人とか聖人君子とかの本性は上のマザーテレサの言葉からもわかるように
逃げ回る腰抜け野郎ばかりで、弱い力を良い面にしか使わなかっただけです。
同じ人間、もってるエネルギー自体は同じですよ。


自己啓発が努力や訓練やタフな精神から成ってるというのは大間違いです。
そこには聖人君子さえもいません。
「ちょっと避けりゃ済むのに」
なんて彼らがあまりに軽く言ってるのは、
そのまま弱者が簡単に実行できる程度の発言な訳ですよ。
強者のプライドがあれば悪い精神的事実を正面から避けるなんて許されない事なんです。


だから別に、新幹線を一人でいくらでも正面から投げ返せる人なら
自分がそういう強い超人だと自覚してるなら
そういう弱い偉人のいうことなんかよりプライドを守った方がいいですよ。

*1:正義を語るほど悪が際だつし、悪を消滅させたいなら正義を語らずそれを許す勇気をもつことだったり

*2:盗撮する意味もなくなるしねw

*3:有益な議論をした元記事はもちろん消す必要ないけど

*4:どんなネームだ^^;

*5:こういうのはプライバシーどうこうのが必ず出てくるけど、僕としては、そんな面白ガジェットを使った地図アプリの発展の方が気になる