内輪のトラブルやいざこざは 黙っておくべきか、きちんと世間へ説明すべきか?

日本人の美徳としては黙っておいたほうがいい。
説明責任を果たして喋ると、別の方向に余計な非難が拡散するのでトップが黙って非難を浴びたり片付けたほうが全体としてはいいと思う。

ch.nicovideo.jp
ただ今は「ネット」がある世の中。
一度説明責任を放棄すると、延々とそれで叩かれてしまう。
それはけものフレンズでもそうだし、サッカーの田嶋会長もそう。

みんながそれなりの発言力をもってしまい、声の大きな人が一人いるだけで黙ってても75日で収まらなく、むしろ問題が大きくなることがある。

ネットを前提とした現在の状況では
「周りに多少迷惑かかっても、きっちり説明責任を果たす。」
ほうが問題を広げないためにはいいのかもしれない。

説明責任を果たしたところでお互いの正義感や、感情や、ポジションによってまったく相容れないこともあるだろう。究極にはどちらの正義が正しいかなんて、悪魔の証明でしかない。政治や企業や国民という関係性も理屈ではなく信頼でしか無い。理論ではお互いの可能性を説明できない。

ただ第3者にどう判断されようと、自分がどう考えてるか、どういう事が起こったかの証明はしておかないと、黙っていることが関係者のためになる時代ではなくなって、ネット時代はきちんと説明しておくことが関係者のためになるように思える。

もちろん感情的にムキになって、自分の正義を貫くことではない。
お互いの可能性を認め保留し合って、ただ考えと事実を述べるのみ。
信頼関係がないところに証明などありはしない。
説明後も叩かれるのは仕方ない。
その後できれば信頼関係を築ければよし。

と、昨今の事件を見て思う次第。


追記:

別の記事見てると、ふと東京オリンピックの新国立競技場でザハ案がお金かかりすぎるという話がでてきた。3年前の記事で当時は興味なくスルーしてたが。。

【新国立競技場】「なぜ実務家たちは、ザハ・ハディドを支持するのか」建築家・藤村龍至さんに聞く

今回も、コンペ審査の議事録がもっと早く公開されていれば、ネットであんなに炎上することはなかったかもしれない。関係者が密室でものごとを決めようとすると余計な憶測を呼んでしまうし、それらが今回のようにネットで結びついて大きな力を持ってしまうこともあるということに注意しなければならない。そういう時代なんだなと改めて思いました。

当初の1300億の予算が日本の入札した施工者だとザハ案実現に2500億まで膨らみ叩かれた。今の白紙撤回された新国立競技場建設は1500億で進んでる。

いろんなこと考えて、ロンドンがオリンピックで建設した競技場の失敗、観客の動線、収益性、将来の持続性、サッカー用へ再改修に+700億かかった、などを繰り返させないよう建築モニュメントとしての価値と集客力を最大限に活かしたデザインのようだ。

vimeo.com
ザハ的にはデザインはそのままで、さらなるコスト削減案を受け入れる方針だったようだが、全く新規の物に変わった。確かに日本の施工大手5社での価格競争力のなさ、震災以降の建築ラッシュと日本の労働力不足、そして物価上昇こみだと難しい話かもしれない。

www.youtube.com
新建設も悪くなさそうではある。
ザハが考えてたこともたった5ヶ月で全部織り込んできただろうから、さすがにロンドンの競技場のような失敗はしないだろう。

スタジアムの長期人気と収益性、経済効果、モニュメントとしてのデザイン、元記事でターニングポイントになれたという建築の未来や日本施工業者の経験値としてどっちがよかったかはもう比べられない。

新国立競技場 - Wikipedia

ただこの件はネットやマスコミで最初批判され、ザハ案が降ろされた後その正当性がクローズアップされてからネットもマスコミも手のひら返したという経緯があるようだ。

だったら最初から公開議論してたらそこまで批判されず、1500億のザハ案もあった可能性は悔やまれる。やはり批判されたときは、きちんと公開で説明すべきなのだろう。その場合、関係の施工会社がやり玉に上げられ迷惑をかけることになるだろうが、それこそ価格競争、入札原理として動いてもらうしかないだろう。