ソフトウェアはアートか?

Life is beautiful: 「戦略的OS」の開発がことごとく失敗している点に関する一考察
http://satoshi.blogs.com/life/2009/04/history-of-os.html


 90年代にIBMMicrosoftApple各社が巨額の開発費を投じて作っていた「戦略的OS」がすべて失敗してしまったことを皆さんはご存知だろうか?


中略。


 そして今のOSの市場を見ると、Linus Tolvaldsという個人がが作ったLinuxと、Steve JobsAppleを追い出されて作ったNeXTを元にしたOS Xと、Cairoまでの場つなぎに過ぎなかったWindowsと、企業の中核戦略からはかけ離れたところで作られたものばかりが使われている、というのがなかなか面白いところ。


 「日の丸OS」だったはずのB-Tronもどこかに行ってしまったし、そもそも「戦略的OS」を意図的に作るってことにかなり無理があるんじゃないかと思える。結局のところ、ソフトウェア作りはアートに近くて、大企業が資金力にまかせて優秀なエンジニアを集めても無理があって、少人数で作ったものが市場原理で自然淘汰されてこそ良いものができると思うんだがどうだろう。

同意、、、というか、
少なくともOSに関しては「軽くてシンプルである」のが正義であって
何百人のエースを数百億投じて「リッチで複雑なOS」を開発することに
誰も自己矛盾を感じなかったのだろうか?


同じ処理をするにも数百人で書く何千万行のソフトウェアと
数人が書く数万行のソフトウェアは後者の方が優秀に思える。


ゲームでも何でも大規模ソフトウェア開発は
みんなこの自己矛盾を抱えてるのかもしれない。


じゃあそれでもなぜ大規模ソフトウェア開発は行われるのだろうか?
というと


『スポンサー(上流)が数人程度が作る成果物に何百億も払いたくないから』
ってのはもちろん冗談ですw