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明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。

もし明日死ぬとしたら、という問題設定について - 脱社畜ブログ
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/06/09/184028


僕が最近思っているのは、「5年後に自分の人生が終わるとしたら」ぐらいの問題設定が、多くの人にとっては一番建設的ではなかろうか、ということだ。明日死ぬとか、あるいは1週間後死ぬとかだと、行動はやはりどうしても刹那的にならざるをえない。1週間後死ぬと決まっているのに、勉強をしたりは普通しないだろう。何かやりたいことがあったとしても、それをするために勉強や入念な準備が必要なものについては、諦めるしかなくなる。


こちらに思うことあって。
タイトルはガンジーの言葉です。

ほぼ日刊イトイ新聞 -ガンジーさん。
http://www.1101.com/ganji_san/

Learn as if you will Live Forever,
 Live as if you will Die Tomorrow.
 (永遠に生きるかのように学べ。
  明日死ぬかのように生きろ。)


マハトマ・ガンジー


僕も、ジョブズの演説で
「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」
と語られた時、やはり刹那的な行動しか思い浮かばなかったのですが
ガンジーの言葉を見つけて落ち着きました。

今日が人生最後の日だとしても僕は仕事をする

クリエイティブ系の仕事は、仕事か遊びかよくわからない所もあるので
感覚が違うかもしれませんが、そういう意味では後悔しないように生きてるとも言えます。

とはいえ仕事をライスワークと割りきって、
アフター5や休みを充実させるほうが稼ぐにはずっと効率良いと思うので
仕事と遊びの境界線が自分の中ではっきっりしてるかどうかの違いかもしれません。

人生の最後に周りの人へ感謝のメッセージを伝えなくていいのか?


だからこそ、こうやってときどき死を意識してることが、
日常生活でちゃんと感謝を伝えることにつながってるので
死ぬときに大きな感謝をするよりも、
普段の日常で伝える感謝の方が大事かなとおもいます。

自分の突然死や、相手の突然死まで考えると
伝えきれずに終わることが多いですからね。


とかなんとかいって、ほんとに死ぬことが分かってたら、
感動的メッセージを伝えないこともないですがw
それはほんとに死ぬのがわかってる時ぐらいですかね。


またこのブログはその一環でもあります。

ブログは黒歴史かつ遺書となる。

僕はよくネタにマジレスするような記事を無駄に熱く書いたりするのですが、
これも、明日死ぬかもしれないからブログにぐらい何か残しておこう。
という気持ちから来てます。

人生最後の日でも、サグラダファミリアの構想を語ることはできる。

サグラダ・ファミリア - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2

1882年3月19日着工。現在も建築中。
カタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完作品である。

ガウディが死んでもずっと作り続けられてる教会ですね。
自分の死後も誰かに託すという
なんらかの使命感を持って作られるプロジェクトもあると思います。


今思えばいくらジョブスだって、
今日死ぬと思って今日中にiPhone開発しろとか
今日中にiPod大ヒットさせろとか言わないですよね。

自分の死後もAppleが理想のライフスタイルを提供できるような
道標を作る仕事をずっとやり続けたんじゃないかと思います。

まさに

Appleが)永遠に生きるかのように学べ。
(自分が)明日死ぬかのように生きろ。

ではないでしょうか。

自分が iPhone開発したり、サグラダファミリア作ったり、イギリスから独立しないといけないの?

偉人の話交えるとよく勘違いされますが、
知ってる人が多く、わかりやすく、実績の説得力があるというだけです。
殆どの人は会社の社長でもなければ偉大な建築家でもありません。*1
大きな使命感をもってるわけでもないし、
もっと身近で、他人から見たらどうでもいいような小さな夢や幸せを望むでしょう。


でも明日死ぬかのように生きることで、今より少し人当たりがよくなり
けんかする相手をちょっと許せるようになったり、
後悔しないライフスタイル改善の第一歩になったり、
小さなことやちょっとした趣味でも学び工夫し続けることの本質は
自分の生活にスケールダウンしても変わらないと思います。

もちろん、野心のある人は偉人の話をそのまま受け止めてくれていいでしょう。

それなりにやりたいことはあるが、会社や弟子を持たないので永遠に生きれるわけ無い。今から学んでも自分にはもう遅いと思う。


当初の計画なんて、やってる本人にも測れないものですよ。

計画当初は、出る杭は打たれるという進み具合で測るから
最初ものすごい時間かかるように思えますが、
出すぎた杭はがんがん引っこ抜かれて持ち上げられるので
そこまでいくと急激に計画は進行し始めます。

あなたの頑張りを見て、支援してくれる人が現れたり
誰かのアイディアで大きな壁を突破できたり、
時代や外部環境が変わることで流れが向いてきたり、
やり続ける人にとっては、良くも悪くもカオスな情報量が流れてきます。

同じ日常のカオスを見ても
おいしいヒントが見える人と見えない人の違いは、
自分の死の締め切りと、学ぶ目標のアンテナをもってるかどうかだけです。
ガンジーの矛盾であるこの2つが揃って、続けていくほど
自分が当初考えた予想を上回る加速で進めていけるわけです。


ちなみに、サグラダファミリアは当初計画で300年構想だったみたいですが

サグラダ・ファミリア - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2

かつては完成まで300年はかかると予想されていた工事だが、
スペインの経済成長や入場料収入などに支えられて進捗は加速しており、
公式発表ではガウディ没後100周年目の2026年に完成するとされている。

1882年から、150年かからずに完成できそうですね。
これも外部環境における加速法則の1つでしょう。



と、もし明日死ぬとしたら、という問題設定について考えてみたのはここまで。
以下脱線、あとがき。


そして僕らはどこまで生きるのか?


人生50年と言われた人たちが平均70まで生きました。
人生70年と言われた人たちはまだ現役世代です。

2013年の発表では平均寿命が83歳。
男性も79歳と人生80年目前まで来てます。

日本の平均寿命、83歳で世界最長 WHO : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2013/05/16175207.html

世界保健機関(WHO)は2013年5月15日、2013年版「世界保健統計」を発表した。それによると、11年の日本人の平均寿命は83歳で、スイス、サンマリノとともに世界最長となった。

日本は過去20年以上、首位を維持している。日本人男性の平均寿命は79歳、女性は86歳だった。

そりゃ、100歳のおばあちゃんが珍しくなくなるわけで。
2013年の発表ですが、記録の集計は遅れてまだ2011年です。
ただこの年は東日本大震災があったので、2010年度より落ち込んでいます。

世界開発指標 - Google Public Data Explorer
https://www.google.co.jp/publicdata/explore?ds=d5bncppjof8f9_&met_y=sp_dyn_le00_in&idim=country:JPN&dl=ja&hl=ja&q=%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%AF%BF%E5%91%BD%E6%97%A5%E6%9C%AC


この傾向からすると、平均寿命70年の時に生まれた日本人は
平均90歳ぐらいまで生きそうな勢い。
今年生まれた子供の平均寿命が103歳となってもおかしくないでしょう。


脳細胞的に120歳以上は難しいという説もありますが、
人間は物理的に100m10秒切る走りはできないと言われてた時代もあったし、
30mまでしか素潜りできないという時代にジャック・マイヨールは100mを突破し
飽和潜水という無茶な方法なら700mも可能だというから
いつか200歳とか400歳の人類なんてのも出現するかもしれません。
現代の限界が未来の常識とは限らないですよね。

むしろ本当に死ななかったり、、

攻殻機動隊の素子だと、脳以外は機械の義体化です。
手足の高度な義体ならすでにあります。
無線でギガレベルの通信もすでに可能。
で、2012年ノーベル賞を得たips細胞もあります。
技術はクロスオーバーして
いろんな分野で開発スピードが加速してます。

脳細胞の過疎化を修復するips細胞亜種みたいなのが開発され
より高度な人工心臓なり、義体化なりができるのが
ほんとに僕らが生きてる数十年内にこないとも限らないですよね。

そこまでして生きたくない、70年ぐらいで充分と思う人も多いでしょうが
それ言ってるのネットの若い人だけで、
たいていは死ぬ間際になったらもっと長生きしたいと思うんじゃないかな。

映画マトリックスみたいにいずれ格闘技や勉強を高速インストールできるならもう勉強しなくてもよくね?

その時代が来るまでボケずに長生きしようと思うなら、
常に新しいことを学び続けるのがボケ防止につながりますよ。

なので
永遠に生きるかのごとく学びなさい。
と。

重ね合わせの世界を受け止める。Don't Think...

僕らの体を構成するミクロの量子力学の世界では、
観測するまで波であったり粒子であったり、その位置も不確定らしいです。
よくそんな不完全なもので自分の体が成り立ってるものだと不思議なんですが。

シュレディンガーの猫では
観測するまで猫が死んでるのか生きてるのかわかりません。
量子力学、実際のミクロレベルの世界では両方の猫が存在し続けてるそうです。

量子力学 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AD%A6

古典力学ではものの状態は客観的に定まっていることが想定されている。従って例えば、在る、か、無い、かの、二値論理に従う。量子力学の枠組みにおいてはものの状態は客観的に定まっているものではなく、観測して初めて定まる。従ってものの状態は、在る、無い、どちらとも決まっていない(まだ観測していない)、の三つの状態に区分できる。

論理的に正しく理解しようとすれば、結果として在るか、無いかの2択だと思います。
この記事前半でもガンジーの言葉を論理的に解釈しようとしました。
でも実際の世界は、生きながら死ねるし、死んでるけど生きてるという
観測まで論理的に説明できない状態をそのまま受け入れるという3番目の世界があるのでしょう。


Learn as if you will Live Forever,
 Live as if you will Die Tomorrow.


明日死ぬかのように生きて
永遠に生きるかのように学ぶ


というのも自分の狭い思考で考えず、
感じたまま両方受け取る重ね合わせの世界かもしれません。

*1:Wiki見るとガウディはそのとき無名の建築家だったらしいですが。