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「自分が面白いと思うこと」をやるべきか?「他人が面白いと思うこと」をやるべきか?


今後の漫画界についての話で、この記事が面白かったです。
これからの漫画についての話は記事を見てもらうとして、
2人の価値観がはっきり違うところを抜粋。
特に気になったところを太字にしてます。

徹底討論 竹熊健太郎×赤松健 Vol.1:電子出版時代における漫画編集者のあるべき姿 (1/3) - ITmedia eBook USER
http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1102/14/news015.html


赤松
面白いのと売れるのと、どっちがいいですか。
つまんないのに売れてるのはダメですか。


竹熊
うーん、面白いのがいいでしょ。


赤松
じゃあ、面白ければ売れなくてもいいんですね。


竹熊
まあその場合はね。
でも、「面白い物を売りたい」
とはみんな考えているんじゃないですか。


赤松
うーん、私は嫌だなあ。
そこがロマンチストすぎません?
(略)



赤松
バクマンで、売れてやる! っていう少年と、
売ってやる! っていう編集者の
成り上がりストーリーがありますけど、
あれは認めないんですか。


竹熊
もちろんその考えは認めますよ。
いや僕はね、1年間で100万部売る本と、
100年掛けて100万部売る本があると思うんですよ。
1年間で100万部の方がいいと思われるでしょうけど、
それはもう難しいですから。


赤松
それは分からないですよ。
売れた実績もあるわけだし。


竹熊
でも僕は、
自分が死んだ後も自分が手掛けたものに残っていてほしい。
さっき僕のことをロマンチストっておっしゃったけど、
その通りです。
ロマンチストで50年生きてきましたから(笑)。


赤松
私は1作目が売れなかったらすぐ辞めるつもりで、
退路を確保して漫画界に来たんです。
でも、後輩の漫画家たちは、退路がないんですよ。
私は親を説得するのに新人賞を取ったり、
デビューする時も同時に就職活動したり、
すごくシビアです。


自分はきっと売れるとか、
売れるまでやめないとかっていうことは一切なかった。
そのへんがロマンチストじゃないってことなんですけど、
漫画家はすごくロマンチストな人が多いので、
竹熊さんのことは漫画家みたいな感じに見えてます。
(略)



── 多摩美京都精華大学の漫画家志望の学生は、どんなメンタリティなんですか。


竹熊
すごい才能だなと思う人は何人もいましたけど、
僕の知る限りは一人もデビューしてないですね。
それはいろいろな理由があるんですよ。
他人とコミュニケーションが取れないとか、
完全主義すぎて、半端なものは出したくないとか。


赤松
うまいやつはみんなそう言う。
(略)


赤松
赤松理論には「楽しみ代」という概念があるんです。
自分が描いてて楽しいと、
自分が楽しみ代を払ってることになるからもうからないんです。
編集者や読者を楽しませようと思って描くと、
楽しみ代が自分に入ってくるんですよ。
自分が楽しんでいたら、自分が楽しみ代を払うから、
ほかの人は楽しみにくいし、デビュー確率も下がる。


楽しみ代がいっぱいかかるジャンルは、
描いてて楽しいからみんな来て、
執筆人口がとても増えるんです。
すると原稿料も安くなってもうからない。
だから楽しみ代が掛かるものにはなるべく手を出しちゃいけない。
趣味のオリジナル同人誌はすごく楽しいんですけど、
同時に楽しみ代もすごく高いはずです。
逆に商業誌はいろいろな人を楽しませないといけないから、
自分が楽しんでる暇は少なくなる。
その分楽しみ代が入ってくる可能性は高い。


竹熊
それは金にならなかったらやってられないということですか。


赤松
そういう言い方もあります。
逆に言わせてもらうと、
描いてる側ばかりすごい楽しんでるものが、
もうかるわけないよって感じがしますよ。
因果応報じゃないですけど。


── 赤松先生の今のモチベーションは何ですか?


赤松
読者が楽しんでる顔ですね。
どれだけ楽しんでくれたかというのは部数で出てますから。
部数とか、印税とか。
これだけ楽しんでくれたんだ、うれしいな、という。
みんなが楽しんでくれれば、俺も楽しいよっていう形になって。
ラブひなの後期とかはそうでしたね。
(略)



竹熊
ええ。僕の知る限り、赤松さんの業界予想が一番シビアで現実的です。
でも、今のネットの急激な進化を見ていると、
5年後に何が出てきているか分からないですよね。
想像を絶するようなシステムやコンテンツが出るかもしれないし。
だからそのときはそのときですね。ただ、僕としては
自分が面白いと思ったことをやりたいですよね。


赤松
私は違います。
他人が面白いと思うことをやりたいです。


── なるほど、そこが根本的に違ってるんですね。


赤松
竹熊さんがおっしゃった、自分の好きなことをやりたいというのは、
私の価値観で言う「楽しみ代」にほかならないです。
だから危険信号がすごくピカピカと光ってる。


竹熊
でも、僕はこれまで30年間、好きなことだけやってきたんです。
痛い目にも苦しい目にもだいぶ遭いましたけど、楽しかったですよ。
もちろん満足はしてませんけど。
(略)



竹熊
夢が明日実現するのと、10年後に実現するのと、
どっちがいいですかと聞かれたことがあって。
僕は10年後がいいと答えたんですよ。
だってプラモデルも
組み立ててる過程が楽しいんじゃないですか。
できあがったプラモデルって、
組み立てることが趣味の人にとっては面白くも何ともないですよ。


赤松
私だったら、
プラモデルは翌日すぐに完成させて、2つ目に取りかかります。


竹熊
だからそこが根本的に違うんですよ(笑)。
僕の場合、ぶっちゃけて言うなら完成しなくてもいいんですよ。


赤松
え〜(笑)。

「自分が面白いと思うこと」をやるべきか?
「他人が面白いと思うこと」をやるべきか?


僕の観測範囲ですが、
売れてる作家のインタビューで後者の意見を多く見ます。
その中で思い出せる事を交えて、
改めて考えてみたいと思います。

宮崎駿はこういう


NHKのプロフェッショナルで
「自分の作りたいものを作ってるわけじゃないんだよ」と言ってました。

スペシャル 〜「ポニョ」密着300日 〜(2008年8月5日放送)| これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
http://www.nhk.or.jp/professional/2008/0805/index.html


人を楽しませたい


67歳にして、宮崎を創作に駆り立てるものは何なのか。
宮崎がこれまであまり語ることのなかった胸の内を明かした。
「人に楽しんでもらいたいという意識なんだよ、動機はね。
なぜ楽しんでもらいたいかといったら、
楽しんでもらえたら、自分の存在が許されるんではないかっていう、
無用なものではなくてというふうな抑圧が自分の中にあるから。
…それは、幼児期に形成された物が何かあるんだろうと思うんだけど。
それを別にほじくりたいとは思わない。
僕はとにかく人に楽しんでもらうことが好きですよ」。

浦沢直樹

漫画家で、『YAWARA!』『MASTERキートン』『MONSTER』『20世紀少年』
などを描いてる浦沢直樹も、やはり同番組で


「自分の好きなものを描いてるわけじゃない」と。

五味一男

日テレで『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』『マジカル頭脳パワー!!
『投稿!特ホウ王国』『速報!歌の大辞テン』『エンタの神様』などを手がけた
視聴率男と呼ばれる、五味一男も著書で

「好きなもの」「やりたいもの」ではヒットの確率は低くなる。


企画の出発点を「消費者のニーズ」よりも
「自分の個人的な思い」にしてはいけない。

と述べています。
ただし、「エンタの神様」などでは五味一男本人のみでなく、
出演者の芸人にまで、芸人本来のスタイルややりたいことでなく、
番組が用意した、あるいは番組側が味付けした
視聴率よりのなんでもありなネタに改変されます。


結果たくさんの批判と、たくさんの人気芸人がうまれましたが、
良い面を見れば確かに当時、「アンジャッシュ」や「陣内智則」とか見て、
爆笑オンエアバトル」など他番組と全く同じネタでも、
間の取り方や演技の完成度、セット、カメラ、テロップ含め
段違いでエンタの神様が良く出来てました。
以下のリンクに詳しい解説があります。

活字中毒R。『エンタの神様』の「人気芸人のつくり方」
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20061109


実は、こうしたシステマチックな製作体制に、
拒否反応を示す芸人は多かったという。
「『エンタの神様』に呼ばれることを、赤紙が来たと表現する芸人もいた」
(五味氏)。
つまり最悪なところに呼ばれてしまったという意味だ。
個性を押さえ込まれ、
自分の意図しないネタをやらされる場合も多いからだろう。
だが、最近では「95%の芸人が何でもやりますと言ってくれる」(五味氏)。
それもそのはず。出演すると芸人としての商品価値が格段に高まるからだ。
3回出演したら、5万円だった営業のギャラが
100万円になったケースもあるという。

斎藤一人

日本累積納税額1位の事業家、斎藤一人は著書で

母の教え


ぼくちゃんはすごい得してることあるんだよ。わかるかい?
ぼくちゃん、特技がないでしょ?
特技がないから得なんだよ。
なまじ特技があるとね
それを活かそうとするから、世間が狭くなっちゃうんだよ。
ぼくちゃんは特技がないんだからなんでもできるんだよ。
だからぼくちゃんは
時代にあったことをいつもしていなさい。
そしたら困ることないからね。


ゲーム業界でも似た話があります。

「"作品"ではなく"商品"を作れ!」

こう指導されてるところが多いでしょう。

宮本茂

僕らが作っているのは「作品」ではなく「商品」――宮本茂氏が30年の仕事史を振り返る (1/3) - ITmedia Gamez
http://gamez.itmedia.co.jp/games/articles/0910/27/news082.html


約1時間の講演の中で、個人的に印象に残ったのは、宮本氏の
「僕らは作品ではなく商品を作っている」という発言だった。
ゲーム開発者にとって、主役はあくまでお客さんであり、
ゲームそのものではない。


宮本氏は普段から、スタッフにも自分たちが作っているものを
「作品」ではなく「商品」と呼ぶよう指示しているという。


テクモの中村社長。と、トミーの社長の発言もありますね。

過去のコラム編集:2002年3月 「ゲーム業界の構造改革 〜悪癖と宿命との決別〜」part2: 【コラム】ゲーム業界時事解説
http://matome.seesaa.net/article/41182351.html


しかし、テクモは半ば慣例化していた延期癖の一掃のために解決策を用意した。
それは、開発者に発想の転換を求めるものだった。
テクモの中村社長はこう言っ て開発者を指導したという。
『作品ではなく商品を作れ』(2002年2月19日 日経産業新聞)。
旺文社発刊の「国語辞典 第八版」によると
作品は『文学・美術・音楽などの創作物』(P493)であり、
商品は『売るための品物』(P626)だと記されている。


つまり、テクモが 作るゲームソフトは文化的な価値を重視する“作品”ではなく、
売るための“品物”なのだと中村社長は説き、
開発者達にゲームの完璧な出来栄えより、
開発コストの面に重きを置くよう発想の転換を促したのだ。



商品よりも作品を作りたくなるのは開発者の性なのかもしれない。
そう思わせる言葉を玩具メーカー大手のトミー社長富山幹太郎氏は口にしたことがある。
彼は 過去に自社の開発部門の人間を指してこう述べた。
『開発部門は夢見る少年ばかり。
売れる商品ではなく試作品を作るのがうまいだけ』
(2000年11月27 日 日本経済新聞)。


“商品”ではなく“試作品”をつくる玩具開発者。
開発者はどこでも一緒らしい。
彼らはなまじ新しいものを創造できる才能があるために、
つい“作品”を作りたくなる人種なのだろう。


株式会社日本一ソフトウェアも同じように定義してます。

ジンチャレ!岐阜県人材チャレンジセンター:岐阜県版JOBCAFE U・Iターン情報 
【株式会社日本一ソフトウェア】ゲームは作品ではなく商品である
http://www.jincha.jp/u-turn/article/pickup/1950_pickup.htm


日本一ソフトウェアが一番大切にしていることは、
「ユーザーの方に喜んでいただくこと」
だからゲームは「作品」ではなく「商品」なのです。

そう、だからこそ「自分が面白いと思うこと」を捨てて、
「他人が面白いと思うこと」に集中すべきなんです!!



…と、いうことが言いたいわけじゃありませんw


「売れてなんぼ」は全く否定するつもりありませんが、
赤松氏の言い分に納得出来るでしょうか?
視聴率や売上最優先のためなら
自分を曲げることができるでしょうか?
「自分が面白い」という「こだわり」からスタートして、
「モノを売る」ことはできないでしょうか?

自分の「作る面白さ」と他人の「見る面白さ」が相反しないロマンは存在しないのでしょうか?


逆を考えてみましょう。
元記事で「つげ義春」が挙げられてて、

竹熊
でも僕には、本を出して1年以内に100万部売る自信はありません。
というか、数万部でもいい仕事というのはあると思うんですよ。
つげ(義春)さんの漫画とか、
絶対100万部売れない作品というのもあるわけじゃないですか。
でもそのことでつげ義春の作家的価値が減じるわけではない。


赤松
つげさんはその後の作家に影響を与える、いわばパイオニアですよね。
それは学術の世界では基礎研究っていうんですけど、
基礎研究はやっちゃいけないんですよ。
なぜかというとビジネスじゃないから。
よく後輩に言うんですが、基礎研究はやっちゃいけないし、
作品を持ち込む場所と描くものを選べと。
それを無視してると、楽しいんだけど死が待っていると。


マイナーで作家性が強い人は確かに枚挙にいとまがないのですが、
僕はつげ義春の世代ではないので、えーと…

押井守

例えばアニメ映画のほうで有名な押井守
あきらかに興行成績よりも難解な作家性が前面に出てます。

押井守 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%BC%E4%BA%95%E5%AE%88


押井は自らを「娯楽作品をつくる商業監督である」と語っているが、一方で
「自分の作品の客は1万人程度でいいと思っている」
「1本の映画を100万人が1回観るのも、1万人が100回観るのも同じ」
といった発言があることから大衆・万人に受け入れられる作品づくりには
あまり興味がない模様である。また、それに関連して
「自分が普通の映画を撮ったところでなんら存在意義が無く、
映画を発明するのが自分の役割」
として、特に実写作品では実験的側面が強い傾向にある。


決して興行成績が高いわけではありませんが、
出資者も長い目でプラスになってなければ
長く現役を続けることはできません。
Wikiにはこうあります。

職業監督として制作に入った作品は
決められた予算でキッチリ納期までに仕上げることをポリシーとしていて、
現に(現場が動き出す前に頓挫した作品を除き)
殆どの作品で予算と納期を守る優れた管理能力を示している。
しかしそうしたスタンスのため、公開に間に合わなくなると判断したシーンは、
たとえそれが作画作業中であってもカットすることが少なくない。


また、上映時間は90分前後から最長でも120分未満を理想としているため、
ストーリー上余分と判断したシーンはコンテ段階で極力省かれる
そうした、ストーリー的な解りやすさよりも映画の完成度を優先する姿勢が、
結果的に観客に難解な印象を与える要因の1つとも言える。


「決められた予算でキッチリ締切りを守る」

これこそが、プロとしての最低条件ですが、
加えて自分のわがままを通すには
「監督としての演出才能」だけでなく、
「優れた管理能力」までも、必要とされるわけです。



それによってやっと、
「解りやすさよりも映画の完成度を優先する」という
自分の存在意義を守れるのかと。



そしてもう一人。

庵野秀明

…と、いうと「エヴァンゲリオン」で大ヒットして
むしろメジャーじゃないじゃないかと言われるかもしれませんが、
昔何かの記事でこう評価されてました。

自分が作りたいものと、観客が望むものが一致する稀有な監督。


確かに、庵野秀明が監督した
「トップを狙え」「ふしぎの海のナディア」「エヴァンゲリオン」などは、
自分たちの好きな、
「ヤマト」「ガンダム」「ウルトラマン」「仮面ライダー」とか
有名所以外でもその他難解なSF設定や、いろんな小説など
これでもか!
ってぐらい、好きなことを詰め込んでやってる印象があります。
(アニメSFオタクじゃなきゃ指摘されないと気づきませんが)


社会現象といわれた「エヴァンゲリオン」ですが、
同年、同じく社会現象といわれた
宮崎駿の「もののけ姫」で興行収入を比べると、


劇場版 NEON GENESIS EVANGELION: Air / まごころを君に
劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に [DVD]
興行収入 24.7億円


もののけ姫
もののけ姫 [DVD]
興行収入 193億円


と、桁が違いますね。
ですがこれは押井監督の言う、
「1本の映画を100万人が1回観るのも、1万人が100回観るのも同じ」で、
たぶん、「エヴァ」を10回も100回も見た人は多いのでしょう。


エヴァンゲリオンは95年から、2011年の現在にいたるまで
多彩な派生商品としてのグッズ、商業パロディ、ゲーム、コミック、DVDリマスター、
はては製作中のリメイクのような新作映画など、
途切れることなく商品として成り立ってることでも、
出資者としての収益はもののけ姫に劣らないかもしれません。


庵野監督がやりたいこと、という意味では実写の
ラブ&ポップ(1998年)
式日(2000年)
キューティーハニー(2004年)
もあったのですが、これは監督のやりたいことであっても、
観客の見たいものでは無かったようです。
まあ、日本の実写映画における予算、俳優、スタッフの都合や、
壮絶なエヴァ制作の反動とかあるのでしょうが。


もし、好きなことをやりながらヒットさせる秘訣があるとしたらそれはなんなのか?


庵野監督が、トップランナーという番組でエヴァを語ったとき
「あれは哲学じゃなく衒学(げんがく)的なんです。」と発言してました。

衒学 - ウィクショナリー日本語版
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A1%92%E5%AD%A6


学を衒(てら)うこと。
ある事項/事象に関して知識があることを、
必要以上に見せびらかすこと又はその物言い。


特に内容のない事項について、さも重要であるかのように見せ、
さらに発言者自身が重要性を有するように見せる技法の一つ。
一般には「的」と結合し、形容動詞として用いられる。

神崎のナナメ読み: 庵野秀明 in トップランナー【3】
http://kanzaki.sub.jp/archives/000273.html


本上
もの凄く心情を・・・こう・・・
言葉にして出すって云う主人公だったりとか、
そういうところが、ものすごく印象に残っているんですけれども。
みんな、そういうモノを求めていたと云うことでしょうかねぇ。


庵野
当時は、そうじゃないですかね。
僕自身、哲学を知らないんですよ。
あまり哲学的なことはやっていない。
今までも、エヴァはそういう風に云われてますけれど、
あれは哲学じゃなく"衒学的(げんがくてき)"なんですね。


庵野
あの〜"知ったかぶり"と云うのが一番近い表現だと思うんですけれど。
衒学的・・・


本上
"知ったかぶり"・・・


庵野
よく知らないけれど、こういう言葉を使っていれば賢そうに見えると云う・・・
(観客の薄ら笑い)。
それがエヴァですね。
でもそれは、賢そうに見えるところが、
何かパッと見た目"かっこいい"とかですね、
"何か裏があるかも?"そう云うところに行くので、
それはそれで、そういう方法論だと思うんですけれど・・・。


エヴァ」を仮に、
そういう衒学的な演出や設定と、
「感情むき出しな人間ドラマ」が相まってる、
と定義すると
多くの観客が見たいのは「感情むき出しな人間ドラマ」で、
監督やスタッフがやりたいことはもしかすると、
衒学的といった、哲学や、宗教、文学、SF設定、
萌え要素、熱血、メカ描写、特撮アクション、
必殺技、エロス、バイオレンスなのかもしれません。


でも、カメラにはメインに「人間ドラマ」を描く。
哲学も文学もSFも萌えも熱血もメカも特撮も必殺技も
できるだけ描くし、情報量として盛り込むのだけど
時間内に「解説」さえもしないし、
時間やカメラの枠に収まらないものは、いさぎよく切り捨てる。


つまり、エヴァは衒学的…が、
自分たちがやりたいことと、観客のみたいものの融合技法の一つと解釈すれば、
自分が本当にやりたいことは、
ストレートにそれを表現せず隠して盛り込むべき
なんじゃないかと。


例えば、

今さら任侠物ヤクザストーリーをヒットさせるとしたらどうしたらいいか?


もし任侠物のヤクザ物語を作りたくても
あまり望まれないだろうと思えば、
みんなが望む少年誌で、海賊大冒険ストーリーの中で仁義を描くとか、
強烈なバイオレンスを作りたい時、
18禁エロゲーで表現してもどうも大きな広がりにならないと思えば
逆にバイオレンスとは無関係そうな魔法少女アニメとして作るとか、
豪華な大正ロマンミュージカルアニメーションを作りたいけど、
全然アニメ企画が通りそうもないので、
ユーザーが望む良質な戦略シミュレーション+恋愛ゲーム
カットインとして制作するとか、
すごいエロイ漫画が描きたい時、やはり18禁青年誌ではなく、
あえて少年誌や、少女漫画の限定されたコード内で表現するのが
逆に背徳感増してエロイとか、
本格的に大人な実写ドラマを作りたい時、
あえて表現がデフォルメされたアニメーションを選ぶとか。


上の例はただの妄想で、
決して特定の作品の事を言ってるわけじゃないのですが、
もしかしてあるとおもうんですよ。
消費者の望むとこに、
作者の作りたいものを抱合せで売る手法というか、
方針みたいなものが。

みんなが食べたい主食には手を抜かず。自分の作りたい副菜は食べても食べなくてもいい「サービス」である。


納豆が大好きだから、
全部に納豆をかけた納豆づくしの弁当作りましたとか、
肉が苦手だから、脂身のない豆腐でハンバーガー作りました、
辛いの大好きだから激辛ハバネロ弁当作りました、とかいっても、
みんな普通の弁当や、ハンバーガー食べに
お客として来た所では売れないじゃないですか。


どぎつい珍味は、薄めてまろやかにわかりやすくしないと、
お客さんには食べてもらえないわけで。
それを食べなくても、それに気づかなくても満足してもらうのが、
万人に受け入れられるメニューかもしれません。


もう少し別の視点から、過激なマーケティング的表現だと

観客が望むものと一緒に爆弾を抱き合わせて売レ。

となるでしょうか。


そこにいる観客が望むものをいい意味で裏切る。
という、つまりやりたいことを大きく爆発させるための
計画目標は綿密なテロ計画に似てるんじゃないかと思うのです。
(もちろんコード、ルールは守った上で、ですよ?)


あえて正面からぶつからず、わざわざ羊や猫かぶってまで、
めんどくさいテロ計画するのはなぜかというと、
やられた方は感情動かされて悔しいじゃないですか?
そうすると自分だけじゃなく「友達も引っかけたい」ですよね?
うまく仕掛けると「やりたいこと」そのものがクチコミ広告にもなりえます。


庵野監督の「サービス」

「次回もサービス、サービスぅ♪」

庵野
僕にとってフィルムは"サービス業"なんですよ。
お客さんがお金を出して、
映画だと1000幾ら出して見に来てくれる訳ですから、
その1000幾らをお客さんが出したのと同価値の"面白さ"、
"見てよかった"みたいなのをお客さんに返す仕事だと思うんですね。
少なくとも、サービス業である以上、
お客さんに何かしらそういう"良かった感"みたいなモノをあげなきゃいけない。
それをフィルムに入れとかなきゃいけないと思うんですよ。
そこで、あの〜う、エヴァの場合は、
ちょっと"利き過ぎた"感じがしてですね・・・


武田
利き過ぎた?


庵野
ええ。現実逃避の"よりしろ"とか、
後は現実からそこに逃げ込む"装置"みたいなモノにされつつあるのが、
見ていて嫌だったんです。
映画になった時(97年に劇場公開)は、元々そういう予定だったんですけれど、
お客さんにはとりあえず水を被せて、何か目を覚まして帰って欲しい・・・
そういうのがありました。


僕にとっては、それも"サービス"なんですよ。
お客さんにとっては良い事だと思うんで。
あのまま、居心地の良い所にずっと居て、
それも一つのサービスだと思うんですけれど、
エヴァの場合はそれをもうやっちゃいけない気がしたんですよ。


少なくとも目を覚ますキッカケみたいなモノを入れなきゃいけない・・・
それがお客さんにも良い事なんだろうと云う事で、
最後はそういう事をやっていましたけれど。
僕にとっては、それも"サービス"なんですよ。


いろいろ庵野監督のインタビュー記事みたことありますが、
「監督がやりたいことと、視聴者が望むものが一致した」のではなく、
印象的には「売るべくして売った」という、
監督やスタッフなりのマーケティング戦略を
丁寧に展開した気がしてなりません。


それをやれるだけのスタッフや、時代の気運が揃ったところで
その限界を超えて無茶したような。
物議を醸したTV版25話、26話だって
「映画に客を集めたいから、シンジの内面描写で終わらせたんだ」
という憶測も当時はあったでしょうし、
編集に通常アニメ以上の時間かけすぎて
本当にあれが限界だったということも両方真実かもしれません。



もうすこし僕の身近なことで、

ブログにおける「書きたいもの」「読みたいもの」


このブログの人気記事で、
「筆者が書きたいことと、読者が読みたいこと」の両立が
ある程度できてるとしたらそれは、
「昔の自分が読みたかった物」
として書かれてることじゃないかと思います。


「今の自分がほんとに読みたい物」は、
自分でもわかってないし、同じ自分のレベルじゃ書けない。
たぶん読むのも難解なんですよ。
でも、「今の自分」が、「昔の自分」に分り易く書くことは出来るんですね。


すると、「書くのも自分」だし読むのも「昔の自分」なので、
何をどう読みたいかというのは、なんとなく分かってるわけです。
昔の自分なんて、分り易く一般化すると誰でも通る道なんで、
似たような人は今現在の潜在読者はたくさんいるんじゃないかと。


この場合、「他人の面白いこと」ではなく
「自分の面白いこと」にしかフォーカスしてませんが、
「時系列を過去にずらす」ことで、
たった一人の半分にも至らない人生でも、
今の日本の縮図として
ある程度普遍的なことにつながるんじゃないかと思います。


ただ、ブログの価値をブクマ数とか、PV数で考えると、
手間がかかるわりに、全然効率が良いわけではないですし。
「あなたがモテナイ7つの理由」とか、
「仕事が出来る人の10の心得」とかを、
海外から適当に短くコピペしたほうがずっとてっとり早くて、
読者としても手軽に満足感を得られて
それこそまさに「読者が望んでること」なのですが…


でも数値に出ないブログの潜在的価値を考えると、
リアルで知ってる人への説得力やら影響力とか、
論理的思考力の発展や展開とか、
僕ならではの切り口を、誰にでも分かりやすく伝えるのが、
明確な差別化や価値になる、と、思いたいですが…
ロマンチストなんでんしょうか?w


Appleだとこういう


また、Appleの思想でカッコイイと思うセリフが

Twitter / shu uesugi (上杉周作):
http://twitter.com/chibicode/status/33769337827368960


アップルで働くまで、イノベーションというのは
「今にない、新しいものを作ること」だと思ってた。
でもそれは違って、イノベーションというのは
「未来にある普通のものを作ること」なのです。
この違いを理解できるまでかなり時間がかかった。


そのなかでもこちらは、うまく定義されてると思います。

いい言葉です:『イノベーションというのは「未来にある普通のものを作ること」』 at バイオの買物.com の制作者の頭の中
http://naofumi.castle104.com/?p=1488


イノベーションは、人々の生活を豊かにするものです。
豊かにしないものはイノベーションにはなりません。
また革新的でなくても、
生活を大きく改善できるものであれば、
それはイノベーションです。


多くの人が昔から思いついていることであっても構いません。
また試作機を誰かが作ったものであっても良いのです。
この段階ではまだイノベーションは起こっていません。
イノベーションが起こるのは、製品が市場に出て、
多くの人に受け入れられたときがスタートです
Macの原型、PARCのAlto のことです。
そしてJobs氏が言っていた”Real artists ship!”の言葉のことです。)


イノベーションが起こるのは、
多くの人がその製品を使い始めたときです。
その製品が人々の生活を良い方向に変えていったときです。
どんなに革新的な技術であっても、
人の生活を変えなければイノベーションにはなりません。

現時点での僕解釈だと、イノベーション
多くの人々の未来へフォーカスするものではなく、
「未来の自分から観て、現在の自分へ教えるものがあるとしたら?」
という、
「自分の未来時系列からのフォーカス」なんじゃないかと。
自分の半径から離れた未来はわかりませんが、
自分の半径内の未来なら、何かつながってる気がします。


現在から過去の自分へ教えるのも、
未来の自分を定義して、現在の自分を観るのも、
ベクトルは同じ方向ですね。
未来から現在へ、現在から過去へ時間が流れてるような、
そんなふうに常識を歪めて考えると、
ちょっと他人とは違う視点が生まれるかもしれませんね。


五味一男(2)


Appleと似たセリフを五味さんもいってます。

「ありそうでなかった」物を創るのが極めて大切。


それは実現してしまえば「なんだ普通じゃん」と言われるようなもの。
「ありそうであった」「なさそうであった」は、大ヒットにならない。
「なさそうでなかった」は、突飛なアイディアで一番考えるのが楽。
でも「なさそう」に大きな共感は望めない。
この「なさそうでなかった」を個性的なアイディアとして
「とにかく個性が一番。後は運次第。まあ数撃ちゃ当たる。」
的な発想をしてる人が驚くほど多い。


…確かに、ゲームでもいまでこそニンテンドーDSWii
ポケモン脳トレ、モンハン、モバゲーやグリーなど、
今でこそ「なんだ普通じゃん」って感じですけど、
昔はみんな「ありそうでなかった」ものですね。


結構批判される五味一男氏ですが、
「自分の中に1000万人を住まわせる」
「日本で一番普通の人になる」など、
なかなか面白い哲学の著書だと思いました。


ロマンチストまとめ


「自分が面白いと思うこと」かつ、
「他人が面白いと思うこと」を対立させないために、


みんなが食べたい主食には手を抜かず。
自分の作りたい副菜は食べても食べなくてもいい「サービス」である。
(観客が望むものと一緒に爆弾を抱き合わせて売レ。)


「みんなが食べたいもの」を考えるために、


「現在の自分」から、「過去の普遍的」な「自分という観客」へ面白いと思わせる物は何か?
過去あんなに面白かったのに、「現在へと伝わってない物」は何か?


「自分」が「常識だろ」と思うようなことで、
「まだ習慣として多くの人に受け入れられてないもの」、「その理由」は何か?



以上、
ビジネスに生きるのも、
作家として生きるのも、
その両方をめざすのも、
人それぞれの表現や、セリフがあるのだと思います。


一番満足して死ねるのは…いや、
「死ぬまで満足しない過程」こそが大事だと思うかも含め、
個人でやる選択は全部正解なのかもしれません。


ただ、
チームで仕事するときは仲間それぞれの属性が
「ビジネス」なのか、
「作家」なのか、
「ロマンチストを達成できる人」なのか、
お互いの「存在意義」を徹底して聴きだし、理解したうえで臨まないと
「実はまったく見てるものが違った」と、
後々大事故を起こさないようにしたいものです。


引用まとめ


赤松健
「自分が面白い物を売りたい、はロマンチストすぎる。」
「私は退路を確保して漫画界に来たんです。
でも、後輩の漫画家たちは、退路がないんですよ。」
「自分が描いてて楽しいと、
自分が楽しみ代を払ってることになるからもうからないんです。
編集者や読者を楽しませようと思って描くと、
楽しみ代が自分に入ってくるんですよ。」


竹熊健太郎
「ロマンチストでありたい。」
「自分が死んだ後も自分が手掛けたものに残っていてほしい。」
(大衆消費ではない個性的な作品として?)
「組み立てる過程こそが楽しい。」(存在意義)


宮崎駿
「自分の作りたいものを作ってるわけじゃないんだよ」
「楽しんでもらえたら、自分の存在が許されるんではないかっていう、
無用なものではなくてというふうな抑圧が自分の中にあるから。」


浦沢直樹
「自分の好きなものを描いてるわけじゃない」


五味一男
「企画の出発点を "消費者のニーズ" よりも
"自分の個人的な思い" にしてはいけない。」
「"ありそうでなかった" 物、
実現してしまえば "なんだ普通じゃん" というものを創るのが極めて大切。」


斎藤一人
「なまじ特技があるとそれを活かそうとするから、世間が狭くなる。
時代にあったことをいつもしていなさい。」


宮本茂
「僕らは"作品"ではなく"商品"を作っている」


押井守
「自分が普通の映画を撮ったところでなんら存在意義が無く、
映画を発明するのが自分の役割」


庵野秀明
エヴァは哲学じゃなく衒学(げんがく)的、(知ったかぶり)なんです。」
「僕にとっては、それ(現実に引き戻すこと)も"サービス"なんですよ。
お客さんにとっては良い事だと思うんで。」


Apple
イノベーションとは
「今にない、新しいものを作ること」ではなく、
「未来にある普通のものを作ること」である。




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庵野秀明 パラノ・エヴァンゲリオン(竹熊 健太郎)
庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン(大泉 実成)

人はなぜ「自分が面白いと思うこと」にそこまでこだわるのか?

書ききれなかったもうひとつの本質的な質問。


また、「なさそうでなかった」、
個性的すぎる物を連発してしまうことです。


「自分こそがオリジナルでありたい!」
という想いは、いったいどこから来るのか?


…さすがに字数制限ひっかかりそうなので
これは以下に続きます。


天才になれる秘密 - teruyastarはかく語りき
http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090406/1238950447