俺は走らせてない人だった

 

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なので車窓から妄想のキャラクターを風景に合わせて走らせる人がこんなにいるのかということが興味深い。

なんで俺が「走らせる人」になってないのか考えたら、子供の頃親に車のせてもらう時はいつも「助手席」が指定席。シートベルトするから正面を見るわけでマリオのようなサイドビュー視点のキャラクターは発生しようがない。常にFPS視点で自分しかいない。さらに常に好きな音楽かけて歌ってたので歌に集中していた。子供の時、電車やバスはほぼ使わなくて自転車移動が主体。

大人になって電車通勤するようになってからは、ずっと電車で本を読んでいた。ときおりふと車窓眺めることはあったが、9割以上は本だろう。なのでここでもマリオは発生しない。

走らせる人というのは「車窓をぼーっと見る」環境であったかどうかは一つの分かれ目なんだろう。ぼーっと見るときにそういうキャラクターが、流れ行く風景をひとつのストーリーに変える。子供の走らせる妄想がよい人格形成を形作る何かがありそうな気もするのだが、走らせてない人である俺からは見えない世界だ。